診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業
仙台弁護士会 弁護士坂野智憲
河北新報に「治療や手術の際に患者が予期しない形で死亡したケースについて、中立的な専門機関が死因やミスの有無を精査する国のモデル事業が、宮城県内の各医療機関を対象に実施されている。事務局の東北大病院は「診療内容に疑問を感じたらぜひ主治医に相談を」と呼び掛けている。モデル事業の実施主体は日本内科学会で、2005年9月から各地域で順次スタートしている。県内の体制は、東北大病院心臓血管外科医局が事務局となり、08年10月に調査依頼の受け付けを開始した。事務局は各医療機関からの調査依頼を受け、カルテなどを精査して調査開始が適当かどうか判断。モデル事業にふさわしい症例だった場合、遺体を東北大病院か国立病院機構仙台医療センターに搬送し解剖する。解剖を担当するのは病理医と法医、疾患に関連する臨床医の3者で、患者の主治医は立ち会うことができない。法律家を交えた評価委員会が解剖結果を基に報告書をまとめる。報告書には再発防止策なども盛り込まれ、6カ月以内をめどに遺族や医療機関に示す。関係者の了解が得られた事例については報告書の一部を公開する。事務局によると、県内では09年1月に調査依頼第1例があった。宮城をはじめ札幌や東京、大阪など全国のモデル地域計10カ所では90例を受け付けている。全国では、遺族が医療に不満を抱いていたが、評価結果に納得したケースが3割に上った。不満やトラブルがあっても裁判には至らず、示談や和解が成立する場合が多いという。厚生労働省はモデル事業を通じて医療事故の原因究明に当たる第三者機関の創設を検討中。国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会の医療版として期待される。現段階でモデル事業は医療機関経由の調査依頼が原則となっており、東北大病院心臓血管外科の田林晄一教授は「モデル事業を検討するよう主治医に相談してほしい」と話している。連絡先は宮城地域事務局022(274)1871。」という記事が載っていました。
私はこの評価委員会の法律家委員(4名)の一人です。このモデル事業が宮城県で行われるようになったのは昨年の10月ですから一年近く経過していますが、調査依頼は1件だけのようです。評価結果報告書の概要版はネットで誰でも見られますが、委員には冊子の形で配られたので読んでみました。もちろんカルテの中味や詳しい経過までは書かれていないので、評価が適切かどうか判断することは無理ですが、医療機関を殊更擁護するような姿勢は感じませんでした。むしろ中には院内調査委員会の調査結果を批判する内容のものもあり、(あくまで印象ですが)中立公平性に留意されているように思えました。死亡原因についてはいくつかの可能性を指摘しつつも不明とするもの、死亡原因と医療行為との因果関係についても不明とするものも少なくありませんが、それはやむを得ないことかもしれません。
モデル事業はあくまで医療機関から依頼があることが前提で、患者側が直接依頼することはできません。ただ患者から事務局に依頼がなされた時は、患者側に医療機関へ申し入れするよう勧めると共に、事務局から医療機関に働きかけをする運用が提案されています。
ただ1年近く経って僅か1件というのは、モデル事業が知られていないというだけではなく、医療機関側の消極姿勢が原因と考えるべきでしょう。しかし評価結果報告書を見る限りそれ程厳しい注文を医療機関に付けているわけではなく、逆に患者側の納得を得るために使える内容となっているものも少なくないので、もっと積極的に活用されてよいのではないかと思われます。
もちろん問題点もあります。モデル事業協力者一覧を見ると圧倒的多数が東北大学病院とその系列病院の医師で占められており、宮城県に関していえば中立公平性に疑問符を付けざるを得ません。臨床立会医は無理としても、臨床評価医には他県の大学病院や基幹病院の医師をもう少し入れないと、患者側からの信頼を得られないような気がします。
最近私が担当している医療過誤事件で、医療機関側から、医療機関が第三者機関に依頼した報告書が送られてきました。医療機関が設置した院内調査委員会での検討結果では医療行為は適切と考えるが、死因などに不明な点があるので専門的な意見を聞きたいということである学会に推薦依頼をし、学会から推薦された他県の大学病院の医師2名が当該医療機関を訪問して調査した結果の報告書でした。死因と手技のミスが争点の事件なのですが、報告書の内容はほぼ患者側の主張を裏付けるものでした。特に手技の点については経験のある専門医でしか分からない視点から検討されており目から鱗という感じでした。
患者側で医療過誤事件を担当する弁護士は、日頃、我田引水の非論理的な私的鑑定書や担当医師の自己防衛的な陳述書をたくさん目にしているので、鑑定や事故調査委員会の報告書であってもどうしても懐疑的になってしまいます。しかし適正な解決をもたらすためには、どうしても中立公正な専門医の意見が欠かせない場合があります(もちろん文献だけで十分という案件も少なくありませんが)。現在立法化が検討されている医療安全調査委員会制度については懐疑的な見方をしてきました。ただ、同じようなシステムのモデル事業の評価結果報告書を見てみると、頭から否定すべきではなく(制度が内包する危険性に留意しつつ)、中立公平性の確保の観点から検討していくべきなのかもしれないという気がしてきました。
宮城県においてもモデル事業についてより広く患者に告知すると共に、医療機関は、患者の要望のあるなしに関わらず積極的にモデル事業を活用していただきたいと思います。