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介護事故解決事例報告

介護施設においてベッドセンサーの性能上の限界からアラームが鳴らず,利用者が転倒した場合に,施設に責任はないとされた事案

主   文

1 原告らの請求をいずれも棄却する

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

被告らは,原告らに対し,連帯して金2510万円及びこれに対する平成26年1月15日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,Y1が経営する特別養護老人ホーム(以下「本件施設」という。」の入居者である亡Aが,本件施設の居室内において転倒し(以下「本件事故」という。),その後死亡したことに関して,亡Aの相続人である原告らが,Y1に転倒防止対策等を怠った過失ないしは安全配慮義務違反があったとして,Y1に対しては不法行為(民法709条)ないしは債務不履行(民法415条)による損害賠償請求権に基づき,Y2Y1加入の保険会社)に対してはY2とY1との間の保険契約(以下「本件保険契約」という。)の約款に基づき,金2510万及びこれに対する本件事故発生日からの遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

1 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがない。)

(1) 当事者

ア Y1は,特別養護老人ホームの経営を事業とする法人であり,仙台市内において本件施設を経営している。

イ Y2は,本件保険契約に基づき,保険者として,被保険者であるY1がその施設内の事故等により負担する損害賠償義務によって被る損害について保険金を支払う旨を約束しているものである。

ウ 亡Aは,●年●月●日生まれであり、本件事故が発生した平成26年1月15日当時90歳であり,介護保険法に基づく要介護状態区分が「要介護4」の状態であった。亡Aは,本件事故後,平成26年1月20日に脳出血により死亡した。                                   

エ 原告らは,亡Aの子であり,亡Aの相続人である。なお,原告らの法定相続分は各3分の1である。

(2) 亡Aの本件施設への入所及び本件事故の発生

ア 亡Aは,平成25年10月15日,Y1との間で,短期入所生活介護契約(以下「本件介護契約」という。)を締結し,短期入所生活介護計画に沿って,居室,食事,介護サービスその他介護保険法令の定める必要な援助を受けることとなった。

Aは,平成25年10月23日から平成26年1月15日までの間,本件施設で入所生活を送っていた。                                        

イ 亡Aは,平成26年1月15日午前4時40分頃,本件施設の居室内のベッド脇にうつ伏せの状態で転倒しているのを発見された (本件事故)。

ウ 亡Aは,平成26年1月15日午前11時45分頃,B病院に搬送され,同日午後2時頃,C病院に転院となり,同病院に入院となったが,同日午後9時20分頃,容態が急変し,脳内に出血が見られ,同月20日,脳出血により死亡した。

2 争点

(1) Y1の結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履行)の有無(争点1)

(2) 本件事故と脳出血による死亡との間の因果関係の有無 (争点2)

(3) 損害(争点3)

(4) Y2に対する直接請求権の有無 (争点4)
3 争点に関する当事者の主張                                                (1) 争点1(Y1の結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履

行)の有無)

ア 原告らの主張

(ア) 転倒防止対策義務に関する結果回避義務違反

Aのベッドには,転倒事故防止のためにベッド内臓型センサー(以下「本件センサー」という。)が設置されていたものの,本件事故当時,この本件センサーが作動しなかったために亡Aがベッドから起き上がったことに気づくことができず,亡Aは転倒した。
 Y1は,亡Aについて転倒の危険があること,夜中にトイレに行くこと及び本件センサーが反応しないことがあることをいずれも認識していたのであるから,亡Aの転倒を防止するために本件センサーが反応しない場合に備えて,次のとおりの具体的な安全対策を検討し,これを講ずべき義務を負っていたにもかかわらず,これらを検討せず,対策を講じてこなかったのであるから,Y1には転倒防止対策を怠った結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履行)がある。

a 本件センサーが反応しない原因を調査し,ベッドセンサーが反応するようにする対策を講ずべき義務

b 本件センサーが反応しない場合が避けられないときには,①安全マットの設置,②マットセンサーや人感センサーなどと併用する二重センサーの設置,③職員が直ちに駆けつけられるよう亡Aを職員が待機している部屋から近い部屋に移動させる,深夜は部屋のドアを開けておく,頻繁に見回りを行うといった対策を講ずべき義務

(イ) 本件事故後の結果回避義務違反について

Y1は,本件事故後,亡Aの右頭部に打撲の形跡を発見しており(内出血の発見等),亡Aが右大腿骨頚部骨折の状態にあったことからすれば,緊急的対応をすべきであったのであるから,直ちに主治医に対して連絡を取るべきであった。主治医に連絡がされていた場合、主治医から専門病院に緊急搬送する旨の指示がなされた可能性が高く、このような専門病院に搬送されていれば,亡Aの死亡を防ぐことができた。

しかし,Y1は,本件事故後直ちに主治医に連絡を取らなかったものであり,Y1には,結果回避義務違反(過失ないし安全配慮義務の不履行)がある。

(ウ) 本件事故時に本件センサーが反応し,ナースコールが鳴っていた場合

仮に本件センサーが反応し,ナースコールが鳴っていた場合には,Y1の職員がこれに気づかなかったことになるのであるから,被告職員にはナースコールに気づかなかった結果回避義務違反(過失ないし安全配慮義務の不履行)がある。

イ 被告らの主張

(ア) 本件施設で使用しているベッドセンサーは使用者の体重移動を検知して立ち上がりにつながるような動作がなされた場合にナースコールが鳴る仕組みであり,一定時間の起き上がり状態が継続したら通知がされるという設定をすることができる。Y1は亡Aが転倒リスクの高い入所者であると認識していたところ,亡Aの居室のベッドには本件センサーが設置されており,かつ,本件センサーの起き上がりの状態の継続時間は「0秒」と最も早く検知できるように設定がされていた。また,本件施設では,万一転落したとしてもケガをしないようにベッドの高さを最も低い床上29cmとしており,ベッドの半分ほどまで柵を設置していたのであり,Y1は,亡Aの転倒リスクを考慮し,様々な転倒防止対策を取っていたのであるから,Y1に結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履行)はない。

原告らは本件センサーが反応しない場合に備えて具体的な安全対策措置を取るべき義務(上記()a及びb) があると主張するが,上記()aについては本件事故においてナースコールが鳴らなかったのは製品の性能上の限界のためであるから,仮に原因を調査していたとしても本件事故の回避は不可能であるから,そのような結果回避義務はない。

上記()bのうち,安全マットの使用について,Y1では転倒した場合に備えて床に緩衝材を敷くことも検討したものの,緩衝材を敷くと,素材が柔らかいために歩きにくく,かえって転倒の危険を増大させると判断して見送ったものである。また,二重センサーの設置について,センサーはそれぞれの製品の特質と入所者の状態に応じて選択することが前提とされているところ,亡Aについてはベッドから転落転倒する可能性が高く,それに適した本件センサーが設置されているものである。マットセンサーや人感センサー(非触知センサー)については,ベッドから転落転倒する可能性が高い者については適していないとされており,本件において,二重センサーを設置すべき義務まではなかった。さらに,人員配置や巡回頻度について,本件介護契約においては,夜間見回りは2ユニットに1名とされており,契約通りの人員配置がされており,介護職員は定期的に巡回しており,その巡回頻度は40分に1回の割合で行われていたものである。そのため,本件事故時も早期に亡Aを発見ができたのであり,人員配置や巡回頻度にも不備はなかった。

したがって,本件事故についてY1には結果回避義務違反(過失ないし安全配慮義務の不履行)はない。

(イ) 本件事故後の結果回避義務違反について

Y1では,本件事故後,亡Aの状態について慎重な観察を行っていた。本件事故によって何らかの傷害を疑うべき症状が現れたのは,腰痛を初めて訴えた平成26年1月15日午前9時45分の時点であるから,本件事故後直ちに主治医に連絡すべき義務はない。

また,原告が主張する遅発性脳内出血について,血腫は受傷後およそ17時間の経過で発生するとされており直ちに診察を受けていたとしても気付くことはできず,防ぐこともできないから,本件事故について原告が主張するような結果回避義務違反はない。

(ウ) 本件事故時に本件センサーが反応し,ナースコールが鳴っていた場合

本件事故時には本件センサーが反応せず,ナースコールは鳴っていない。

(2) 争点2(本件事故と脳出血による死亡との間の因果関係の有無)

ア 原告らの主張

Aは,本件事故により転倒し,それによって生じた外傷性遅発性脳出血により死亡した。この点につき,脳神経外科認定専門医のD医師は,亡Aの脳のCT画像から亡Aの脳出血が外傷性のものであること,本件転倒と因果関係があるとの意見を述べている。

イ Y1の主張

本件事故による転倒と亡Aの脳出血による死亡との因果関係は否定する。

ウ Y2の主張

D医師はどのような資料を基に意見を述べたのかも不明であり,D医師の意見は信用できない。また,外傷性遅発性脳出血の診断基準について,既往に脳血管障害がないことが挙げられるが,亡Aについては平成24年12月5日に多発性脳梗塞の診断がなされており,平成26年1月15日付けのCT検査報告書においても左後頭葉に陳旧性の梗塞巣が認められていたのであるから,診断基準に適合しない。

また,亡Aは,本件事故以前から血小板凝集を抑制する効果のあるバイアスピリンの処方を受けており,その服用を継続していたところ,B病院の血液検査では,APTT(血液が凝固するまでにかかる時間を検査する項目)が56.2(基準範囲23.0-38.0秒),D・Dダイマー(体内に血栓ができていると高値となる検査項目)が434.80(基準範囲0.00-1.00μg/ml)という異常高値となっている。そして,本件事故において亡Aは右側頭部周辺をぶつけたものと推測されるところ,B病院で撮影された脳のCT画像では出血は確認できず,C病院転院後の脳のCT画像では脳の左側・脳の中心付近(くも膜下や皮質下)での出血が確認でき,出血点も1か所ではなく複数である可能性が高い。

そうすると,亡Aの脳出血については本件事故による転倒とは無関係に生じたものというべきであるから,因果関係が認められない。

(3) 争点3(損害)
ア 原告らの主張

(ア) 傷害慰謝料10万円

(イ) 死亡慰謝料2500万円
イ 被告ら

争う。

(4) 争点4(Y2に対する直接請求権の有無)

  原告らの主張

Y2は,Y1との間で締結した保険契約に基づき,Y1が負担する損害賠償義務の範囲内で損害賠償金の支払いをすることとされており,上記範囲内において保険金を支払うべき義務がある。

イ Y2の主張

本件保険契約の約款には原告らがY2に対して直接請求することを認める旨の条項はない。また,仮にY1が原告らに対して損害賠償義務を負うとしても,Y2が負う保険金の支払義務と連帯債務となるものではない。

第3 争点に対する判断
 1 認定事実

前記前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件施設への入所及び入所契約の内容等

ア 亡A(●年●月●日生)は,平成25年10月15日,Y1との間で,契約期間を締結日から利用者の要介護認定の有効期間日までとして本件介護契約(短期入所生活介護契約)を締結し,本件施設において,居室(ユニット型個室),食事,介護サービス,その他介護保険法令の定める必要な援助を受けることとなった。(争いがない)

イ 本件介護契約の契約書には,以下の内容の記載がある。(甲10の1)

(ア) 事業所の概要及び職員体制については,重要事項説明書に記載したとおりである(第2条2項)。 

(イ) 事業者は,短期入所生活介護計画に沿って,利用者に対し居室(ユニット型個室),食事,介護サービス,その他介護保険法令の定める必要な援助を行う。また,短期入所生活介護計画が作成されるまでの期間も,利用者の希望,状態等に応じて,適切なサービスを提供する (第4条1項)。

(ウ) 事業者は,利用者に対する介護サービスの提供にあたって,万が一事故が発生し,利用者の生命・身体・財産に損害が発生した場合は,不可抗力による場合を除き,速やかに利用者に対して損害賠償する。ただし,利用者又は利用者の家族に重大な過失がある場合は,損害賠償の額を減ずることができる(第16条1項)。

(エ) 事業者は,万が一の事故の発生に備えて,社会福祉施設の総合賠償補償共済保険に加入する(第16条2項)。

ウ 亡Aが,本件介護契約締結に当たり,平成25年10月15日にY1から示されて同意した重要事項説明書(短期入所生活介護)には以下の内容の記載がある。(甲10の2)

(ア) 入居定員

20名(1ユニット10名×2ユニット)

(イ) 主な職種の勤務体制

介護職員 標準的な時間帯における最低配置人員

早番 6時30分~15時30分 各ユニットに1名

日勤 9時00分~18時00分 各ユニットに1名

遅番 12時30分~21時30分 各ユニットに1名

夜勤 21時15分~7時15分 2ユニットに1名

(ウ) サービス提供における事業者の責務

a 利用者の生命,身体,財産の安全に配慮します。                   

b 利用者の体調,健康状態からみて必要な場合には,医師又は看護職員と連携の上,ご契約者から聴取,確認します。

c 利用者に対する身体的拘束その他行動を制限する行為を行わない。ただし,ご利用者又は他の利用者等の生命,身体を保護するために緊急やむを得ない場合には,記録に記載する等して,適正な手続により身体等を拘束する場合がある。

(エ) 緊急時の対応

事業所は,利用者の健康状態が急変した時,その他必要な時は,予め届けられた連絡先へ可能な限り速やかに連絡するとともに医師への連絡等必要な処置を行います。

(オ) 損害賠償について

a 事業所は,損害賠償責任保険に加入しており,事業者の責任により利用者に生じた損害については,事業者は速やかにその損害を賠償する。ただし,その損害の発生について,利用者側に故意又は重大な過失が認められる場合において利用者の置かれた心身の状況を斟酌して,相当と認められるときは,事業者の損害賠償責任を減じる場合があります。

b 事業者は,自己の責に帰すべき事由がない限り,損害賠償責任を負わない。

エ 亡Aは,平成25年10月23日から平成26年1月15日までの間,

本件施設で入所生活を送った。ただし,平成25年12月31日,平成26年1月1日の2日間は自宅に戻っていた。(乙12。なお,入所期間については争いがない。)                                             

オ 亡Aは,本件施設に入所中,夜間時間帯にトイレに行こうとして何度も起きることがあった。夜間時間帯のトイレの介助については,亡Aのベッドに設置されていた本件センサーが反応し,本件施設の職員が駆けつけて,亡Aのトイレの介助を行っていた。

平成25年12月21日午前3時30分頃に本件センサーが反応せず,亡Aがベッドから居室ドア前まで独歩していたことを本件施設の職員が巡回の際に発見したことがあったものの,これまで亡Aについて転倒事故が発生したことはなかった。(乙12)        

(2) 亡Aに対する転倒防止対策等

ア Y1は,平成25年10月15日,原告X1から亡Aの身体の状況等について聴取し,亡Aの介護保険法に基づく要介護状態区分が「要介護4」であること,認知機能の低下が見られ,認知症高齢者の日常自立度が「Ⅳ」であること,下肢能力が低下して力が入らないため歩行ができず,車椅子ないしは介助が必要であること,立位が不能であること,座位については背もたれがあれば何とか座れること,起き上がりについては全介助が必要であることなどの状態であったことから,亡Aについては,転倒の危険性が高い入所者であると判断していた。(乙10,証人E)・6頁等)

() 本件施設では短期入所生活介護については全居室にベッド内蔵型センサーが設置されていたところ,亡Aの居室のベッドにも本件センサー(ベッド内蔵型センサー。商品名:△△)が設置されていた。(乙1ないし3の2。亡Aの居室のベッドに本件センサーが設置されていたことは争いがない。)

(イ) 本件センサーは,ベッドの使用者の状態を検知してナースコールを通知する機能を有しており,亡Aについては歩行が自立していなかったことから,ベッドで寝ている状態から歩行に至るまでの間に職員が駆けつけて間に合うように一番早い段階で通知がされる設定,すなわち,ベッドから起き上がった時点でナースコールを通じて通知がされる設定がされていた。また,本件センサーの設定において,機能上,一定時間起き上がり状態が持続した場合に通知するように設定することが可能であったが,亡Aについては当該持続時間が「0秒」と設定されていた。(乙1,証人E2頁)

(ウ) 本件センサーについて,正しく設定がされていた場合であっても,使用者が4分以上の時間をかけてゆっくりと離床,起き上がりなどの動作をした場合,起き上がり機能を使用している場合において使用者がベッドの足側に寝ていて起き上がった場合,使用者がベッドの頭側に手又は肘をついて起き上がった場合などにおいて,起き上がりなどの検知をすることができない可能性があるとされている。(乙1,ないし9)

ウ 亡Aのベッドの高さは,万が一転落したときにけがをしないように一番低い高さである床上29cmに設定されていた。また,歩きやすい環境とするため,亡Aが靴をすぐに履くことができるようにベッド脇に置いていた。さらに,転落防止のために亡Aのベッドの頭部側から中央付近まで柵が設置されていた。(甲4,乙5の1・2,証人E6頁)

エ 本件施設では少なくとも2時間に1回の頻度での入居者の居室の見回りを実施していた。また,亡Aについては転倒リスクが高いと考えられていたために見回り回数を増やし,40分に1回の頻度での見回りを行うこともあった。(乙12,証人E6頁) 

オ 亡Aのベッド脇に安全マットなどを敷くことも検討されたが,本件施設のフロアクッション材が2.8mmのものが使用されていることから,安全

マットを敷くことにより,かえって亡Aの動きの妨げになって転倒の危険が高まるおそれがあるとして,亡Aのベッド脇に安全マットを敷くことは行わないこととされた(甲3,証人E6頁)

(3) 離床センサーの種類等について

ア ベッドからの転倒,転落,徘徊などによる事故を予防するためのセンサーには,様々な種類のものがあるとされ,離床センサーと呼ばれるものには,①マットセンサー(ベッドの足元の床に設置するタイプ),②ベッドセンサー(ベッドにセンサーマットを敷くタイプ),③ベッドサイドセンサー(ベッドの端にセンサーパッドを設置するタイプ),④タッチセンサー(センサーパッドをベッド柵や介助バーに巻き付けて設置するタイプ),⑤非接触感知センサー(赤外線,超音波等。対象者がベッドから起き上がったり,降りたりするときに通過する場所に,赤外線や超音波などを出すセンサーを取り付けるタイプ),⑥クリップセンサー(対象者の衣類や布団に紐がつながったクリップを取り付けるタイプ),⑦タグセンサー(識別可能なICタグなどを取り付けた対象者が,タグの受信機の感知範囲内に入ったときに通知されるタイプ)などがあるとされる(甲13,乙13,14,19ないし21)。

イ センサーの選択・使用に当たっては,対象者(施設利用者)の状況や施設の条件に適した製品を選ぶ必要があるとされており,ベッドからの転落や転倒する可能性が高い場合には,対象者が起き上がる行動を起こしたタイミングで通知するタイプが適しているとされ,上記アで挙げたものでは②ベッドセンサー,④タッチセンサー,⑥クリップセンサーが適しているとされ,徘徊する可能性があり,日常的にベッドから起き上がっている対象者の場合には,起き上がったタイミングで通知するタイプでは不必要に通知されるため,対象者がベッドから降りようとするタイミングで通知するタイプが適しているとされ,①マットセンサー,③ベッドサイドセンサー,⑤非接触感知センサーが適しているとされている。(甲13,乙13,14,19ないし21)

(4) 本件事故の発生及び亡Aの死亡等

ア Y1の介護職員は,平成26年1月15日午前3時10分頃に亡Aのトイレの介助をした後、同日午前4時頃に亡Aの居室の見回りを行い,亡Aがベッドで入眠しているのを確認した。同職員は,その後,他の利用者からの支援要請があったため,同利用者の支援に向かった。 (甲2,乙12)

イ Y1の介護職員は,平成26年1月15日午前4時40分頃,他の利用者の支援を終えてユニットに戻り,亡Aの居室の見回りを実施した際,亡Aが居室内のベッド脇にうつ伏せの状態で転倒しているのを発見した(本件事故の発生)。

本件事故が発生した際,本件センサーは反応しておらず,ナースコール は鳴らなかった。なお,本件事故後に業者に本件センサーを確認してもらったが,本件センサーに故障は発見されなかった。(甲2,4,乙12,証人E12頁・15頁,本件事故の発生については争いがない。)

ウ Y1の介護職員が亡Aに声掛けしたところ,亡Aからは「トイレ」との返答がなされた。この際,同職員は亡Aの右額の生え際付近に1cm×1cmのたんこぶにうっすらと内出血があったことを確認した。

同職員が同部分周辺を手でなでたりしたが,顔をしかめたり,嫌がる反応は見られず,頭部を冷却しようとしたが,亡Aが嫌がるため,ベッド臥床にて安静を保ち身体状態の様子観察を行うこととした。また,このとき亡Aの血圧,脈拍,体温,酸素飽和度を測定したものの,特段の異常は認められなかった。(乙12)

エ Y1の介護職員は,平成26年1月15日午前5時頃,午前6時頃と亡Aの様子を確認したものの,ぐっすりと休んでおり,痛み,吐き気,嘔吐などの様子は見られなかった。(乙12)

オ Y1の看護職員は,平成26年1月15日午前7時30分頃,亡Aの身体状態の確認をしたところ,亡Aの右額の生え際付近に1cm×1cm程のたんこぶがあり,痛みの訴えが多少あったものの,声掛けに返答も聞かれ,車いすから立ち上がる様子も見られたため,朝食を摂取し,このまま身体状態の観察の継続を行い,身体に痛みが出たり,身体状態に変化が見られた際には早急に看護職員に連絡をすることとした。(甲3,乙12)

カ Y1の生活相談員は,平成26年1月15日午前9時45分頃,亡Aの様子を確認して声掛けをしたところ,亡Aから時折「腰,腰」と顔をしかめる様子が見受けられたが,どこが痛むのかを尋ねても返答がなかった。(甲3)

キ Y1の生活相談員は,平成26年1月15日午前10時15分頃,再度亡Aの様子を確認したところ,亡Aが右腰から右大腿部周辺を痛がる様子を見せ,亡Aに身体の震えが見られたことから,整形外科を受診させることとした。そして同日午前10時40分頃,本件施設1階玄関まで亡Aを連れてきた際,亡Aの身体の震えが増し,口唇にチアノーゼが見られ始めたため,一旦居室に戻り臥床させることとした。その後,同日午前10時50分頃,亡Aの容態が急変したと判断し,主治医に電話連絡をしたものの,電話がつながらず,同日午前11時頃,救急車を要請した。(甲3,乙12)

ク 亡Aは,平成26年1月15日午前11時45分頃,救急車により救急搬送されB病院に到着した。(争いがない)

ケ 亡Aは,B病院において,脳のCT検査,体幹のCT検査を受けたところ,脳のCT検査の結果,右大脳半球の脳表に血腫があり,硬膜下血腫が認められ,左後頭葉に陳旧性の脳梗塞が認められた。なお,頭部の骨折は認められなかった。また,体幹のCT検査により,右大腿骨頚部骨折が認められた(甲6,丙3)。

コ 平成26年1月15日午後2時頃,B病院医師から検査結果に

ついて説明がされ,右大腿部頚部骨折と硬膜下血腫(軽度)との診断がされた。また,亡Aの肺に影が見られるため,肺炎の疑いもあるとして,C病院に転院となった。(甲2,5,6)

サ 亡Aは,C病院転院時,意識は清明であり,四肢麻痺などの神経症状も見られなかった。なお,転院時の亡Aの血圧は157/96,脈拍は115,体温は37.2℃,飽和酸素度は94%であった。

C病院入院後の平成26年1月15日午後9時20分頃,亡Aに突然の嘔吐,意識レベルの低下,右上肢麻痺症状等が現れたことから,緊急に頭部CT検査が行われ,検査の結果,硬膜下血腫に変化はないものの,両側脳内出血(主に脳の左側や中心付近(くも膜下や皮質下)),脳室穿破が認められた。

その後,亡Aに対して保存的加療が行われたものの,同月20日午後2時44分に亡Aは死亡した。(甲5,丙4,亡Aの死亡は争いがない。)

シ 亡Aの死亡診断書では,直接死因は「脳出血」とされ,死因の種類は「病死及び自然死」とされている。なお,直接死因の原因については空欄となっている。(甲1)

ス 死亡診断書を作成したC病院のF医師(以下「F医師」という。)は,医療照会事項回答書において,B病院のCT検査において硬膜下血腫のみの所見(脳出血の所見なし)であったこと,C病院入院時の意識が清明で,神経症状がないこと,右大腿部腫脹以外(特に頭部に)に外傷所見がなかったこと,血圧が高かったことなどから脳出血を死因とし,病死及び自然死と判断したと回答している。

また,C病院における主治医であったG医師(以下「G医師」という。)は,医療照会事項回答書において,脳出血は外傷性ではなく,内因性(高血圧,動脈硬化)が原因であると考えており,右大腿部骨折はそれ自体が死因となるものではないが,骨折に伴う大腿部の痛み及び身体的ストレスなどが血圧上昇などを引き起こした可能性はある旨の回答をしている。(甲5)

セ 亡Aの既往歴について,亡Aは,平成24年12月5日,Hクリニックにおいて,多発性脳梗塞の診断を受けてバイアスピリン錠の処方を受けており,バイアスピリン錠は本件事故当時も服用していた(甲5,6,丙5ないし7(枝番号を含む))。

(5) 本件保険契約について

ア Y1は,Y2との間で,本件施設を含むY1が経営する施設内の事故などにより負担する損害賠償義務によって被る損害に対して保険金を支払う旨の本件保険契約(賠償責任保険契約)を締結していた。(争いがない)

イ 本件保険契約の普通保険約款には,概ね以下の内容の記載がある。(丙1)

(ア) Y2は,被保険者が,保険期間中に発生した他人の身体の障害(傷害及び疾病をいい,これらに起因する後遣障害及び死亡を含む)又は財物の滅失,破損若しくは汚損(以下「事故」という。)について,法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害(以下「損害」という。)に対して,この約款に従って,保険金を支払う(第1条)

(イ) Y2が保険金を支払う損害の範囲は,被保険者が損害賠償請求権者に対して損害賠償金の負担をすることによって生じる損害等に限られる(第2条1項)。

(ウ) 被保険者が保険金の支払いを受けようとする場合,Y2に対して保険金の支払いを請求しなければならない。(第26条1項)

Y2に対する保険金の請求権は,被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について,被保険者と損害賠償請求権者との間で,判決が確定した時,又は裁判上の和解,調停もしくは書面による合意が成立した時から発生し,これを行使することができる(第26条2項)。

(エ) 第1条に規定する事故にかかわる損害賠償請求権者は,第2条1項の損害賠償金にかかわる被保険者の保険金請求権について先取特権を有する(第29条1項)。

(オ) Y2は,次のいずれかに該当する場合に,第2条1項の損害賠償金について保険金の支払いを行うものとする(第29条2項)。

a 被保険者が損害賠償請求権者に対してその損害の賠償をした後に,Y2から被保険者に支払う場合。ただし,被保険者が賠償した金額を限度とする。

b 被保険者が損害賠償請求権者に対してその損害を賠償する前に,被保険者の指図により,Y2から直接,損害賠償請求権者に支払う場合

c 被保険者が損害賠償請求権者に対してその損害を賠償する前に,損害賠償請求権者が上記()の先取特権を行使したことにより,Y2から直接,損害賠償請求権者に支払う場合

d 被保険者が損害賠償請求権者に対してその損害を賠償する前に,Y2が被保険者に損害賠償金にかかわる保険金を支払うことを損害賠償請求権者が承諾したことにより,Y2から被保険者に支払う場合。ただし,損害賠償請求権者が承諾した金額を限度とする。

2 争点1(Y1の結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履行)の有無)

ア 本件介護契約(短期入所生活介護契約)は,入所者に対し,短期入所生活介護計画に沿って,居室(ユニット型個室),食事,介護サービス,その他介護保険法令の定める必要な援助を提供するものであるところ(上記1()ア及びイ()),このようなサービスを提供する事業者においては,利用者の生命,身体等の安全を適切に管理することが期待されているものと解される。また,本件介護契約の重要事項説明書において,利用者の生命,身体,財産の安全配慮することが事業者の責務であると明記されていたこと(上記1(1)())に照らすと,事業者であるY1は,利用者である亡Aに対して,亡Aの能力に応じて具体的に予見することが可能な危険から,その生命及び健康等を保護するよう配慮すべき義務を負っていたものというべきである。

イ 転倒防止義務に関する結果回避義務違反の有無について

(ア) 前記認定事実によれば,亡Aについて,要介護状態区分が「要介護4」であること,認知機能の低下がみられること,下肢能力が低下して力が入らないため歩行ができず,車椅子ないしは介助が必要であること,立位が不能であること,起き上がりについては全介助が必要であること(上記1()ア)及び夜間時間帯にトイレに行こうとしてたびたびベッドから起き上がろうとすることがあったこと(上記1()オ)が認められる。

これらの事実によれば,亡Aは,自立歩行が困難な者であり,亡Aには,夜間時間帯にトイレに行こうとして起き上がろうとする際などにおいて,ベッドから転落ないしは転倒する危険があったということができ,上記各事実についてはY1も認識していたことからすれば,Y1は上記危険を予見できたものと認められる。

したがって,Y1は,亡Aに対し,亡Aがベッドから転落ないしは転倒してその生命,身体等に危険が及ばないようにするために,これを防止する対策を講ずべき結果回避義務(注意義務ないしは安全配慮義務)を負っていたものというべきである。

(イ) 前記認定事実によれば,亡Aの居室のベッドには離床センサーである本件センサー(ベッド内蔵型センサー)が設置されていたこと(上記1() ()),本件センサーにはベッド使用者の状態を検知してナースコールを通じて通知する機能があるところ,当該通知機能の設定について,一番早い段階で通知がされるようベッドから起き上がった時点でナースコールを通じて通知がされる設定とされ,起き上がり状態の持続時間も「0秒」との設定がされていたこと(上記1()()),ベッドセンサーがベッドから転落や転倒する可能性が高い対象者の場合に適しているとされていること(上記1()イ)万が一,亡Aが転落した場合にも怪我をしないようにベッドの高さを一番低い高さである床上29cmに設定していたこと,歩きやすい環境を作るために靴をベッド脇に置いていたこと,ベッドからの転落防止のためベッドの頭部側から中央付近まで柵を設置していたこと(以上,上記1()ウ),職員による夜間見回りについて,少なくとも2時間に1回の頻度で見回りを実施していたこと(上記1()エ),実際,本件事故以前について,夜間時間帯に本件センサーが反応した都度,介護職員が駆けつけて亡Aのトイレの介助等を行うことができており,本件事故以前は亡Aについて転倒事故が起きたことがなかったこと(上記1()オ)が認められる。

これらの事実に照らせば,Y1は,亡Aにベッドからの転落ないしは転倒する具体的な危険が予見されることを踏まえ,ベッドからの転落等によって亡Aの生命,身体等に危険が及ばないようにするために,亡Aの状態等に応じた転倒対策措置を講じていたというべきであり,その対策措置も実効性があるものであったと認められる。

(ウ) これに対し,原告らは,本件事故当時,本件センサーが反応していないが,Y1は,本件センサーが反応しない場合があることを認識していたのであるから,本件センサーが反応しない場合に備えて,①本件センサーが反応しない原因を調査し,ベッドセンサーが反応するようにする対策を講ずべき義務,②安全マットを設置する義務,③マットセンサーや人感センサーなどと併用する二重センサーを設置する義務,④職員が直ちに駆けつけられるよう亡Aを職員が待機している部屋から近い部屋に移動させる,深夜は部屋のドアを開けておく,頻繁に見回りを行うといった対策を講ずべき義務があった旨主張する。

 

前記認定事実によれば,確かに平成25年12月21日午前3時30分頃に本件センサーが反応しなかったにもかかわらず,亡Aが居室ドア前まで独歩していたことがあったこと(上記1()オ)が認められる。

しかしながら,Y1において,亡Aに予見される転落や転倒の危険に対する転倒対策措置については,本件センサーのみに頼っていたわけではなく,本件センサー以外にも複数の対策を講じていたこと,上記の日時以外においては本件センサーが反応し,本件施設の職員が駆け付けてトイレの介助ができており,亡Aの転倒事故も発生したことはなく,転倒対策措置が実効性あるものであったことは上記()で説示したとおりであることからすると,このような状況において,Y1が亡Aについて本件センサーが反応しないまま転倒する事故が発生することを予見することができたとは直ちには認め難い。そして,以下の点も踏まえると,原告ら主張の上記①ないし④の結果回避義務違反については,いずれも理由がないものというべきである。

a 上記①について,前記認定事実によれば,本件センサーについては正しく設定がされている場合でもセンサー反応しない場合があるとされており,これは製品の性能上の限界というべきものであることが認められる(上記1()())。そうすると,故障以外の場合において,本件センサーが具体的にどのような状態の場合に本件センサーが反応しないかについて調査したとしても,製品の性能上の限界を超えてセンサーを反応させるようにはできないから,本件事故に関し,Y1において,本件センサーが反応しない原因を調査し,ベッドセンサーが反応するようにする対策を講ずべき結果回避義務があったとは認めることはできない。

b 上記②について,前記認定事実によれば,Y1では,安全マッ

トの設置について,本件施設のフロアクッション材が2.8mmのものとなっていたことから,マットを敷くことによりかえって亡Aの動きの妨げになり,転倒の危険が高まるおそれがあると判断し,ベッド脇に安全マットを敷かないこととしていたことが認められる(上記1()オ)。そして,亡Aについて,認知機能の低下が見られ,下肢能力が低下して力が入らないため歩行ができず,立位が不能であるなどの状況であり(上記1()ア),自立での歩行が困難状態であったことからすると,安全マットを敷くことによりかえって転倒の危険が高まるおそれがあるとのY1の上記判断が不合理なものであったとまでは認められないから,本件事故に関し,Y1に安全マットを敷くべき結果回避義務があったとまでは認めることはできない。

c 上記③について,亡Aについて,本件センサーのほか複数の転倒防止のための対策措置が講じられており,これらの対策措置について実効性があったものであることは上記()で説示したとおりであるところ,これらの事実に照らすと,Y1において,本件事故以前において離床センサーを二重に設置しなければ,亡Aの転倒等の危険を回避することができない状況が発生することを直ちに予見することができたとは認め難い。

また,離床センサーの選択については,対象者の状況や施設の条件に適した製品を選ぶ必要があり,マットセンサーや赤外線や超音波といった非接触感知センサーは,徘徊する可能性があり,日常的にベッドから起き上がっている対象者の場合に適しているとされていることが認められる(上記1()イ)。他方,上記イ()のとおり亡Aは自立での歩行が困難な状態であったこと,本件事故時に亡Aがベッド脇に倒れていたこと(上記1()イ)からすると,マットセンサーや非接触感知センサーを設置することによって,本件事故を防止することができたとすることにも疑問も残る。

以上によれば,本件事故に関し,Y1において,マットセンサーなどを二重に設置すべき結果回避義務があったとまでは認められない。

d 上記④について,本件介護契約において,夜間の時間帯の勤務態勢は2ユニット(1ユニット10名)に1名の体制であることが合意されていたことが認められ(上記1()()),本件事故当時の人員体制は2ユニットに介護職員が1名の体制であり(乙12,弁論の全趣旨),契約通りの人員体制が取られていたことからすると,人員体制自体が直ちに不十分であったとは認められない。また,亡Aについては,複数の転倒防止対策が講じられており,本件事故以前には本件センサーの反応後に直ちに介護職員が駆けつけ,トイレの介助を行うことができており,転倒事故も起こっていなかったことは上記イ()に説示したとおりである。そうすると,本件事故に関し,Y1に亡Aを職員が待機している部屋から近い部屋に移動させること,深夜は部屋のドアを開けておくこと及び頻繁に見回りを行うことといった対策を更に講ずべき結果回避義務があったとまでは認めることはできない。

(エ) 以上によれば,本件事故に関し,Y1に転倒防止義務に関する結果回避義務違反があったと認めることはできず,そのほかY1に結果回避義務違反があったことを認めるに足りる証拠もない。

ウ 本件事故後の結果回避義務違反について

(ア) 原告らは,Y1は,本件事故後、亡Aの右頭部に打撲の形跡を発見しており(内出血の発見等),亡Aが右大腿骨頚部骨折の状態にあったことからすれば,緊急的対応をすべきであり,直ちに主治医に連絡を取るべきであったにもかかわらず,これを怠ったために亡Aが脳出血による死亡するに至ったものであるとして,Y1には結果回避義務違反(過失ないし安全配慮義務の不履行)がある旨主張する。

(イ) しかしながら,前記認定事実によれば,本件事故直後,亡Aには右額の生え際付近に1cm×1cmのたんこぶがあり,うっすらと内出血があったものの,痛みなどを訴えるような様子もなく,血圧等を測定したが特段異常は認められなかったこと(上記1(4)ウ),その後定期的に亡Aの様子を観察していたものの,嘔吐などをする様子も見られず,亡Aの身体に異常も見受けられなかったこと(上記1()エ及びオ),平成26年1月15日午前9時45分頃になって初めて亡Aが「腰,腰」といって顔をしかめる様子が見られたこと(上記1(4)カ),その後午前10時15分頃になって亡Aが右大腿部周辺を痛がる様子を見せ,身体の震えが認められたこと,同日10時40分頃になり亡Aの身体の震えが増し,口唇にチアノーゼが見られ始めたこと,同日午前10時50分に主治医に電話連絡したが,電話がつながらず,同日午前11時頃救急車を要請したこと(上記()キ)の事実が認められる。

これらの事実によれば,亡Aが何らかの痛みを訴えたのは本件事故後午前9時45分頃であり,亡Aの身体に異常が認められたのは午前10時40分頃であったのであり,本件事故直後の時点では右額の生え際付近にたんこぶがあり,うっすらと内出血が認められたものの,そのほか身体に異常が認められていたわけではなかったのであるから,Y1の職員が,本件事故直後の時点において,亡Aの状態が緊急的状況であると認識することは困難であったというべきであり,亡Aが脳出血により死亡することも予見できなかったものというべきである。

また,原告らの上記()の主張は,亡Aが脳出血(遅発性脳出血)により死亡したことを前提とするものであるところ,遅発性脳出血については予測が困難であり,また遅発性脳出血に気づいたとしても防ぎようがないことは原告らが自認するところである(原告ら準備書面6参照)。

以上によれば,本件事故に関し,Y1に本件事故直後直ちに主治医に連絡をすべき結果回避義務があったと認めることはできない。

(ウ) したがって,原告らの上記()の主張は理由がなく,そのほか原告らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。

エ 被告職員がナースコールに気づかなかった結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履行)について

原告らは,仮に本件センサーが反応し,ナースコールによる通知がされていた場合には,Y1の職員がナースコールに気づかなかったことになるのであるから,Y1には結果回避義務違反(過失ないし安全配慮義務の不履行)がある旨主張する。

しかしながら,前記認定事実によれば,本件事故以前において,夜間時間帯における亡Aのトイレの介助について,本件センサーが反応し,Y1の介護職員において介助を行っていたこと(上記1()オ)が認められる。また,ナースコールによる通知については,アラーム音は振動に設定されており,リセットボタンを押すまでは振動し続けることが認められ(証人E8頁),これらの事実によれば,本件事故当時,本件センサーが反応し,ナースコールによる通知がされたにもかかわらず,Y1の介護職員がこれに全く気づかなかったということは考え難い。

そうすると,本件事故当時,本件センサーが反応しており,ナースコールにより通知がされていたという事実を認めることはできず,本件事故当時,ナースコールによる通知がされなかったと認められる(上記1()イ)。

したがって,原告らの上記の主張はその前提を欠くものであるから理由がない。

オ 以上によれば,本件事故に関し,Y1に結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履行)があったと認めることはできない。

なお,原告らは,上記のほかにもY1に責任があることについて縷々主張するが,いずれも上記認定判断を左右するものとは認められず,理由がない。

3 争点2(本件事故と亡Aの脳出血による死亡との因果関係の有無)

(1)  原告らは,亡Aは本件事故により転倒し,それによって生じた外傷性遅発性脳出血により死亡したと主張し,このことはD医師の意見書(甲8(枝番号を含む))によって明らかであるから,本件事故と脳出血による死亡との間には相当因果関係がある旨主張する。

(2)  しかしながら,D医師の意見書について,D医師は,亡Aの主治医ではなく,直接亡Aの治療行為を行っていた医師ではないところ,D医師が意見書を作成するに当たり前提とした資料等の範囲が意見書自体からは明らかでない。また,原告X1は,その尋問において,亡Aに脳梗塞の既往歴があったこと,バイアスピリン錠が処方されていたこと,過去に転倒したことがあったことなどをD医師に伝えたかという質問に対していずれも「覚えていないです。」と答えるのみであることからすると,D医師は,亡Aの既往歴や処方されていた薬などの情報等について伝えられないまま意見を述べた可能性が否定できない。このことは,D医師の意見書において,外傷性遅発性脳出血の診断基準として,①既往に脳血管障害がないこと,②はっきりとした頭部外傷の既往があること,③無症状の期間があって,突発的に発症してくることを挙げているが,亡Aについては,平成24年12月5日に多発性脳梗塞の診断がなされ,バイアスピリン錠が処方されていたこと(上記1(4)セ),本件事故当時もバイアスピリン錠を服用していたこと(上記(1)セ),平成26年1月15日付けのCT検査報告書において左後頭葉に陳旧性の梗塞巣があったとされていたこと(上記1(4)ケ)が認められ,上記診断基準①に適合しない事実が存在するにもかかわらず,これらについて,意見書上,何ら触れられないまま外傷性遅発性脳出血と考えて矛盾がないとの結論が導かれていることからもうかがわれるところである。そうすると,D医師の意見書については,その信用性に疑問があるといわざるを得ない。                            

(3)  そして,亡Aの急変後に撮影された脳のCT検査の結果において硬膜下血腫には変化がなかったこと,亡Aの死亡診断書を作成したF医師や主治医のG医師がいずれも亡Aの脳出血が外傷性ではなく,内因性(高血圧,動脈硬化)のものであり,亡Aの死因は病死及び自然死であると判断していること,G医師が右大腿部骨折に伴う大腿部の痛み及び身体的ストレスなどが血圧上昇などを引き起こした可能性がある旨指摘していること,上記()で述べたとおり亡Aについて外傷性遅発性脳出血の診断基準に適合しないことなどの事情に鑑みると,D医師の意見書(甲8(枝番号を含む))のみでは,本件事故による転倒により亡Aが外傷性遅発性脳出血を発症して死亡に至ったものであるとの事実を認めることはできない。

(4)  したがって,本件事故と脳出血による死亡との間に相当因果関係があるとの原告らの上記主張には理由がなく,そのほか原告らの上記主張を認めるに足りる証拠もない。

4 争点4(Y2に対する直接請求権の有無)

(1)  原告らは,Y2は,本件保険契約の約款に基づき,Y1が負担する損害賠償義務の範囲内で損害賠償金の支払いをすることとされており,原告らに対し,上記範囲内において保険金を支払うべき義務を負う旨主張する。

(2)  しかしながら,本件保険契約は,被保険者であるY1に施設内事故に関して損害賠償義務を負った場合におけるその損害について保険金の支払いをするものであるところ,本件事故に関してY1に結果回避義務違反(過失ないしは安全配慮義務の不履行)があったと認めることができず,本件事故と亡Aの脳出血による死亡との間の因果関係が認められないことは上記2及び3のとおりであり,Y1は本件事故に関して損害賠償義務を負わないから,Y2に保険金の支払義務があることも認めることはできない。

(3) また,この点を措くとしても,本件保険契約の普通保険約款において,損害賠償請求権者である原告らについて,原告らのY2に対する直接請求を認める旨の規定はないから(上記1(5)イ),いずれにせよ原告らはY2に対して,直接保険金の支払請求をすることはできないというべきである。

(4) したがって,原告の上記主張は理由がなく,そのほか原告の上記主張を認めるに足りる証拠もない。

なお,原告らは,Y2が,本件訴訟以前にY1の責任を認めていた旨も主張するが,Y2がY1の責任はないと争っていたと認められるのであり(丙8,9。なお,甲7からもY2が責任を認めていたものとは認められない。),原告らの上記主張は理由がない。

5 まとめ

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らのY1及びY2に対する請求はいずれも理由がない。

第4 結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担については民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。