平成21年10月2000万円で裁判上の和解成立
患者 男性 70代
医療機告 公立病院
第1 診療経過
1 平成17年9月27日 うっ血性心不全にて入院。
胸部XpでCTR拡大、両側胸水、右葉間胸水を認めた。
慢性心不全急性増悪と診断。胸腔穿刺などの治療により改善。
同年10月29日退院。
胸部XpでCTR拡大、両側胸水、右葉間胸水を認めた。
慢性心不全急性増悪と診断。胸腔穿刺などの治療により改善。
同年10月29日退院。
平成17年12月15日 息切れ、呼吸苦が出現。胸部Xpにてうっ血、胸水が見られ、心不全増悪のため入院。胸腔穿刺などの治療後心不全症状も順調に改善し、12月31日退院。
2 平成20年5月25日被告病院受診。1週間前から風邪気味。顔もむくんでいる。尿はでている。胸水あり、心拡大著明。
3 同年5月26日、心不全による心嚢液貯留、胸水貯留により被告病院循環器科入院。
CTR77%。心エコーにて心嚢液貯留あり。
胸腔穿刺により胸水を出して、呼吸苦を改善させることとした。術前の説明では2週間程度で退院できるとのこと。
しかし、医師による胸腔穿刺後、呼吸停止したため、挿管、心臓マッサージが行われ、蘇生しながらICUへ移動した。
その後家族の同意を得て血栓除去術、試験開腹、開胸心マッサージが行われた。
一旦は蘇生したが5月28日午前1時30分に死亡した。
死因は出血性ショック(死亡診断書)。出血性ショックの原因は胸部大動脈刺傷(死体検案書)。
4 5月27日のカルテの記載
「胸水貯留あり。原因精査と治療の目的で胸腔穿刺を行うことを説明して、14時45分より胸腔穿刺開始。
局所麻酔後、アスピレーションキットにて穿刺。
試験穿刺にて淡血性の胸水がひけた。アスピレーションキットの外筒がなかなか入らず、内筒を進めながら挿入。7-8㎝入ったところ、動脈性の出血あり。本人疼痛を訴えた。
15:00 疼痛と共に顔面蒼白となり呼吸停止、心停止。即時心マ開始。気管内挿管続行。
16時頃 家族へムンテラ。胸腔穿刺の針にて大動脈、心臓を傷つけた可能性が高い。そこから胸腔内に出血している可能性あり。出血に対して輸血、凝固因子の補充を行っている。呼吸は人工呼吸にて強制換気。循環は心臓マッサージを行って強心剤を使用している。命に関わる状態です。
16:37 ムンテラ中にtelあり。自己心拍あり。血圧150代となった
17:50頃 心肺停止。瞳孔拡大あり。心外的には手術適応なしと断られる。familyへ造影CT上、アスピレーションカテーテルが大動脈に傷を付けた可能性が高い。
18:30頃 安全委員会で大動脈内の血栓を除去することが必要ではないかと。大動脈内血栓除去、試験開腹を行うこととなった。この間血圧は70~80台。
20:00 血栓除去及び試験開腹開始。」
5 手術所見の記載
「血栓除去中に心停止を起こしたため、第Ⅵ肋骨と思われる部位で開胸し、心臓マッサージを行った。心嚢は緊満しており、心タンポナーデを起こしていると考えられた。ベニューラで穿刺したところ、血液の排泄が認められ、心嚢の緊満が軽減され、心マをより有効に行うことができた。
AO(大動脈)表面に孔のように見える傷が3カ所程度あった。アスピレーションキットの内筒が当たって付いた傷かもしれない。胸腔内には大量のcoagulaがあった。」
6 5月27日付のinfomation noteの記載
「胸腔穿刺を行って、胸水がなかなか引けず、心臓あるいは大動脈に傷つけた可能性大きい。胸腔内に出血した。人工呼吸で強制的に呼吸させている。心臓マッサージ。大動脈に刺さっていると致命的である。
CT造影にて、アスピレーションカテーテルが大動脈に刺さったと考えられる。その上更に血栓ができている。状態は意識はなく、身体全体の状態が非常に悪い。」
7 その後のカルテの記載
「開胸を外科Drに閉じて頂き、BP120~130
(5月28日)0:20 徐々にBP低下。100台へ。
1時 rate 50~40台へ。
1:30 永眠す。
familyへムンテラ。今回は大動脈への穿刺針による傷害が原因となった。その後の血栓生成はどうしてなのか分からない。解剖をお勧めした。
8 死体検案書の記載
「胸部大動脈に米粒大ないし粟粒大穿刺痕と周囲外膜に出血凝血塊を含む血性 胸水230ミリリットル(左胸腔)。
胸水を吸引するため胸腔を穿刺したところ大動脈を穿刺したと推測される」
第2 過失
1 本件出血性ショックの原因は胸水除去のために行ったアスピレーションキットによる胸腔穿刺の際に、誤って大動脈を穿刺し大量出血を来したことである。 カルテには「アスピレーションキットの外筒がなかなか入らず、内筒を進めながら挿入。7-8㎝入ったところ、動脈性の出血あり」とあり、手術所見には「AO(大動脈)表面に孔のように見える傷が3カ所程度あった。アスピレーションキットの内筒が当たって付いた傷かもしれない。胸腔内には大量のcoagulaがあった」とあり、死体検案書にも「胸部大動脈に米粒大ないし粟粒大穿刺痕と周囲外膜に出血凝血塊を含む血性 胸水230ミリリットル(左胸腔)、胸水を吸引するため胸腔を穿刺したところ大動脈を穿刺したと推定される」と記載されている。
2 アスピレーションキットは胸腔穿刺の際胸腔内貯留液を排液するための医療用具である。そして胸腔穿刺は研修医も習得すべき基本的な手技の一つである。本件胸腔穿刺は待期的に行われたもので、忠に体動があるわけでもなく手技を困難とするような事情は全くなかった。
胸腔穿刺に当たっては、臓側や血管を傷つけないように細心の注意を払わなければならない義務がある。胸腔穿刺を困難とするような事情が全くないのに大動脈を3度に渡って穿刺していることからすれば、担当した医師が内筒の不用意な操作を行った過失があると推認される。
第3 因果関係
1 入院診療計画書によれば患者はもともと1~2週間程度で退院できると予想されていた。患者は心筋梗塞の既往による慢性うっ血性心不全の状態にあり、これまでも入退院を繰り返してきた。今回も入院後の諸検査で心嚢液貯留、胸水貯留が見られ慢性うっ血性心不全の増悪と考えられるが、直ちに生命に危険を及ぼす状態ではなかった。従って従前の入院時同様に慢性うっ血性心不全に対する治療がなされれば退院は可能であった。
2 なお出血性ショック状態に陥った後に大動脈血栓症、急性下肢虚血で手術が行われているが、それは大量出血による凝固能亢進が原因であって血栓症で死亡したわけではない。そして内臓虚血は重篤ではなかったし、下肢の虚血はそれで直ちに死亡に至るような疾患ではない。
3 従って本件過失がなければ患者がこの時点で死亡することはなかったのであるから上記過失と死亡の結果との間には相当因果関係がある。
<コメント>
被告は当初大動脈解離の可能性を指摘して死因を争い、また胸腔穿刺の手技の誤りを否定してやむを得ない合併症と主張した。しかし病院が外部に委託した医療事故調査結果が裁判中に出され、有責を前提とする和解が成立した。
手技のミスが争点となる医療過誤は立証が極めて難しい。一定の頻度で合併症が起きることは事実であり、慎重に手技を行ったと言われてしまえば具体的なミスの態様を証明することは極めて困難となる。本件でも私的鑑定を準備しようと考えていた。本件では病院が依頼した外部の医療事故調査で「トロッカーアスピレーションカテーテルの内筒が下行大動脈を穿刺していたことは明らかである。アスピレーションカテーテルは外筒の先端から内筒の先端までは約2ミリであり、内筒の先端が胸膜を経由して動脈硬化性変化が強い肥厚した大動脈壁を貫き、大動脈内腔に達するためには外筒を大動脈壁に強く押しつけない限りは不可能である。従って本件における大動脈の穿刺は通常の穿刺状況ではない」と指摘された。手技を熟知している専門家にとっては当たり前のことでも、このようなことはいくら調べても弁護士では分からない。専門家の助力の必要性を改めて痛感させられた。
被告病院でも医療事故調査委員会を作って報告書を提出しているがそこでは上記のような指摘はなく手技は妥当であったと結論づけられていた。やはり院内の調査委員会では庇い合いがなされるということだろう。