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医療過誤解決事例報告

福山型先天性筋ジストロフィー患者に対する適切な呼吸管理を懈怠した過失を認めた事案

山形地裁平成24年(ワ)第34号 損害賠償請求事件(平成26年1月28日判決)

<事案の概要>

第1 当事者

1 原告は、本件医療被害を被った者である。

2 被告は、独立行政法人国立病院機構山形病院(以下、「被告病院」という)を設置管理する者である。

 

第2 事実経過

1 原告は福山型先天性筋ジストロフィーに罹患しており、同疾患による両上肢及び両下肢機能障害によって身体障害者等級1級の認定を受けていた。

原告は同疾患により3歳から経管栄養となり、平成22年3月には気管切開を行い、夜間は自発呼吸をサポートするため人工呼吸器を装着していた。

原告は同年5月から在宅療養となり、本件事故当時はデイサービスなどを利用しながら在宅療養を続けていた。

2 原告は平成23年8月15日から同月16日まで試験的に被告病院での短期入所を利用することとなり、8月15日に被告病院に入所した。

入所当時の原告の状態は、小児慢性特定疾患医療意見書によれば、意識障害無し、精神遅滞有り(重度)、運動障害有り(寝たきり)、呼吸異常有り(低換気)、その他の現在の主な所見として「気管支喘息、嚥下障害」、転帰不変とされている。

3 8月15日の入所当日、原告の両親甲、乙は、看護師に対し、①気管切開をしており頻回の吸引が必要であること、②毎朝目が覚めると人工呼吸器を嫌がるので人工呼吸器をはずしていること、③目を覚ますと痰を出すために咳が多くなり痰の吸引を頻回にしなければならないこと、を説明した。同看護師はこのことを理解し、夜勤看護師にも口頭で伝えて情報を共有していた。

4 8月15日

12時、車椅子で来棟、時折喘鳴有り透明痰サクションチューブ4分の1本引かれる。

17時30分、痰吹き出し有り、白色痰吸引される。

19時30分、気切部からの痰の吹き出しと、口角より泡沫痰流出有り。吸引し、一時spo287%前後まで低下みられたが、すぐに96%まで上昇有り。

21時50分、spo2低下のアラーム有り、spo287%まで低下みられ、吸引するがspo2上昇しない。吸引してもスッキリせず。体位ドレナージ行うことで痰の吹き出し多くあり。何度か吸引行うことでspo293~95%まで上昇有り。

5 8月16日

4時30分、覚醒され、気切部から痰吹き出し有り、白色痰引かれる。

5時、覚醒しっかりされ、自発呼吸されているがspo288%。呼吸器離脱し、酸素毎分1リットル吸入。水溶性の喀痰吸引。

5時30分、spo294~95%。

6時30分、酸素外してもspo296%。

7時、訪室するとspo2フラット、アラーム鳴っており、顔面蒼白、チアノーゼあり、心肺停止状態になっている。心臓マッサージ、喀痰吸引、アンビュー開始。当直医、師長に連絡。

<後日の説明文書の記載>

午前7時病室の前を通った時に、アラーム音が鳴っていると思って入室しました。原告の顔色は蒼白で心肺停止状態を発見しました。直ぐに心臓マッサージを開始し、深夜看護師Bを呼んで同時に吸引とアンビュー加圧を行いました。吸引した痰の性状は白色痰で吸引チューブ3分の2程度に引かれました。早出看護師C、Dは医師・当直師長への連絡や心拍モニター装着し救急蘇生に加わりました。

7時20分、心拍再開。

7時40分、睫毛反射無し、瞳孔散大。痰吹き出し有り吸引。

8時7分、体温34.2度、心拍数120、血圧153/112(7時40分測定)、spo2100%、全身冷感有り。

8時40分、自発呼吸確認、呼吸数38回

9時、医療入院となる。

6 なおカルテには、「早出のナース6時55分訪室、テレビを見ていたことを確認」との記載がある。

しかし、バイタルサインや呼吸状態を確認したわけではないからその時点で痰詰まりが生じていた(あるいは生じつつあった)ことが否定されるわけではない。看護記録に記載もないから時間の正確性も確認できない。仮に時間が正確でその時点ではパルスオキシメーターのアラーム音が鳴っていなかったとしても、その直後に痰詰まりで気道閉塞が生じそれが5分間持続すれば心肺停止に至るのであるから後に述べる過失を左右するものではない。

7 8月16日のカルテには、両親への説明内容として「①今回のエピソードは分泌物による窒息の可能性が高い、②注入物嘔吐による窒息や心原性の心停止の可能性は低いと考えられる、③低酸素血症のダメージは予測がつかないものの、長く見積もって5~15分の心停止が考えられるため重篤な虚血性脳症の可能性もある」と記載されている。

同日の血液・生化学検査のデータをみると、AST・ALTが著増しているので肝機能障害が、LDH・CPKも非常に高く心筋障害や肝機能障害が、BUN・クレアチニンは正常値だが尿量が減少しているので腎機能障害が疑われる。意識レベルはⅢ-300で、対光反射・睫毛反射がないので高度の脳障害が疑われる。これらは低酸素血症による多臓器不全(MOF)の兆候と考えられる。

8 血圧は8月18日1時30分頃に一時50台まで低下したが昇圧剤投与によって元に戻っている。

尿量は8月18日まで減少しているが、19日以降改善している。

9 8月24日に○○病院に転送するまでの間、脳のCTやMRIは撮影されておらず、またマンニトールなどの抗脳浮腫療法、バルビツレート療法、高圧酸素療法、低体温療法は行われていない。

10 原告は現在遷延性意識障害の状態にある。

 

第3 責任

1 人工呼吸器装着者の管理

人工呼吸器使用の目的は、適切な換気量を患者に与え、十分な酸素化とCO2の排泄を行うことにある。また、このことによって患者の呼吸仕事量を減らすことも目的としている。パルスオキシメータ、心電図モニターなどの生体情報モニターを装着し、不測の事態に備え、用手人工換気器具(バッグ・マスク、ジャクソンリース回路)を用意することが必要であるとされている。

ことにパルスオキシメーターは、非侵襲的に連続して迅速に動脈血中の酸素飽和度と脈拍数を経皮的に正確に測定することができる。このようにパルスオキシメーターは低酸素血症の早期発見に有用で、呼吸管理においては、現在、必須の器具とされている。

2 原告の呼吸状態

原告は福山型先天性筋ジストロフィーに罹患しており、同疾患による呼吸筋の機能低下が見られた。そのため夜間は自発呼吸をサポートするため人工呼吸器を装着していた。在宅療養中であったが、夜間はもとより日中でも24時間パルスオキシメーターを装着して低換気状態の早期発見に努めていた。

原告は気管切開する前に数回被告病院で預かってもらったことはあるが、気管切開後は被告病院での短期入所は今回が初めてであった。従って現在の原告の呼吸状態や痰の喀出状態について被告病院の医療従事者は知悉しておらず、慎重な管理が求められた。

3 頻回の吸引の必要性

8月15日の入所当日、両親は看護師に対し、①気管切開をしており頻回の吸引が必要であること、②毎朝目が覚めると人工呼吸器を嫌がるので人工呼吸器をはずしていること、③目を覚ますと痰を出すために咳が多くなり痰の吸引を頻回にしなければならないこと、を説明した。同看護師はこのことを理解し、夜勤看護師にも口頭で伝えて情報を共有していた。

4 被告病院にはパルスオキシメーターも心電図モニターも存在し使用可能な状態にあった。

5 過失

以上のように原告については、夜間人工呼吸器使用中に呼吸機能が低下する可能性、人工呼吸器が外れる可能性、痰が貯留して気管狭窄ないし気管閉塞に至る可能性は想定された。また人工呼吸器を外した後も呼吸機能が低下する可能性、痰が貯留して気管狭窄ないし気管閉塞に至る可能性は想定された。

この場合、脳は5分間の酸素途絶で不可逆的な中枢神経障害を被るのであるから頻回の訪室では対応不可能である。低換気状態を早期に発見する方法としては、パルスオキシメーターによる酸素飽和度の連続監視以外に方法はない。従って被告病院にはパルスオキシメーターを装着して酸素飽和度を連続監視し、低換気状態を早期に発見すべき義務があった。

ところで通常病院で使用するパルスオキシメーターはナース・ステーションでモニタリング可能で異常時にはアラームが鳴り響くようになっている。これに対し原告が自宅で使用していたパルスオキシメーターは病室内及び病室の直ぐ外の範囲にしかアラーム音が聞こえないものであり、ナース・ステーションでのモニタリングもできないものであった。従って被告病院の医師ないし看護師は、パルスオキシメーターを装着する場合は原告が自宅から持参したものではなく必ず病院で使用するものを装着すべき義務があった。

被告病院の医師ないし看護師にはかかる義務を怠った過失がある。

6 因果関係

事故当時原告はナース・ステーションの直ぐ隣の個室に入所していた。看護記録には「21時50分、spo2低下のアラーム有り」と記載されているから部屋のドアを開けていれば持参したパルスオキシメーターでもナース・ステーションでアラーム音を確認できたと考えられる。午前7時頃、看護師は大部屋で入所者への対応をしていたのかもしれないが、病院で使用するパルスオキシメーターであればアラーム音は聞こえたはずである(もしナース・ステーション以外では聞こえないような状態にあったとすればそのような状態にしていたこと自体が過失となる)。

アラーム音を聞いた場合は、看護師は直ちに訪室して原告創太の酸素飽和度を確認し、必要があれば痰の吸引や酸素投与を行うことによって心肺停止に至ることを防止することが可能であった。従って前記過失と原告が低酸素脳症から遷延性意識障害に至った損害との間には因果関係がある。

 

第3 損害      合計3200万円

1 原告創太は本件事故によって遷延性意識障害の状態にあり回復の見込みはない。これは自賠法施行令の後遺障害別等級表の第1級の1「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に該当する。この場合の相当慰謝料は2800万円とされている。

2 以上から本件では原告が遷延性意識障害になったことによる本人に対する後遺障害慰謝料は2800万円(但し入院慰謝料を含む)、原告の両親甲、乙に対する固有の慰謝料としてはそれぞれ200万円が相当である。
※ なお裁判中に原告は死亡し、両親が訴訟承継した

<争点>

1 心肺停止の原因は何か(原告は痰貯留による窒息を主張したのに対し、被告は原因不明だが心疾患が考えられると主張)
2 病院のパルスオキシメーターを使用すべきだったか
3 実際にアラーム音の聞き逃しはあったか
4 窒息の回避可能性
5 損害額

<裁判所の判断>
1 経過から考えて痰貯留による窒息とするのが合理的。被告病院も事故後そのような認識を示していた。心疾患は既往もなくその後の症状もないので考え難い。
2  実際にアラーム音の聞き逃しはあった。被告には病院のパルスオキシメーターを使用して適切に監視する義務を怠った過失がある。
3  因果関係は肯定。
4  損害は死亡と捉えて1800万円。近親者慰謝料は200万円。但し自宅において酸素飽和度が低下してアラームが鳴ったなどの情報を提供していれば被告はより厳重な監視を行ったであろうから、その点で過失があり1割の過失相殺をする。弁護士費用を含めて一人につき990万円、合計1980万円を認容した。