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医療過誤解決事例報告

精巣癌の経過観察中,S状結腸癌(印環細胞癌)の所見を見落としたことにより死亡した事案

示談交渉により和解成立

患者:50代,男性

医療機関:公立病院

1 事案の概要

平成26年1月,腹部造影CTの結果,左精巣腫瘍の診断。高位精巣摘除術施行し,その後経過観察のため,3~5ヶ月に1回の頻度でCT検査実施。

平成29年4月下旬頃より下腹部痛と排便困難を自覚。

同年6月,S状結腸に2型の全周性狭窄を認め入院。診断はS状結腸癌。

双孔式回腸人工肛門造設を実施。このとき,腹膜全体に播種性病変を認め,結腸,小腸,大網全てに播種を認めた。S状結腸の腫瘍本体は,後腹膜側に浸潤しており,後腹膜側から剥離困難な状態で切除不能。術前CTより腹水が増加し,後腹膜側へも進展しており,比較的短期間で腫瘍が拡大している状況と考えられた。腹水細胞診の結果はclassⅤ。

同年7月以降,化学療法開始。

平成30年3月死亡。

2 当方の主張

平成26年1月時点のCT画像からS状結腸癌の所見が指摘できる。この時点で消化器内科へ紹介し,治療を開始すべき義務がある。

3 相手方の反論

平成26年1月時点のCT画像からはS状結腸癌を指摘することはできない。

平成29年1月時点でS状結腸癌を指摘することができたことは争わないが,本件S状結腸癌は印環細胞癌という極めて予後の悪い癌であり,救命は到底不可能であったため因果関係は否定される。

※印環細胞癌・・・大腸悪性腫瘍のうち,稀な悪性上皮性腫瘍とされていて,一般的に進行癌が多く,予後不良とされている。

4 争点

①CT画像上,どの時点でS状結腸癌の指摘が可能であったか。

②上記①の時点における救命可能性

5 当方の再反論

平成29年1月時点のS状結腸癌の見落しを過失とし,因果関係については,鑑定書を引用して「(平成29年1月時点では)遠隔転移がなく腫瘍近傍~2群のリンパ節の腫大まででありStageⅢa~Ⅲbとなるので,根治手術は十分可能であった」と主張した。

また大腸癌研究会に属する109施設から回答を得た4277例を分析した文献を引用し,印環細胞癌の5年生存率は42.4%とされているが,その内訳はⅣ期が圧倒的な症例数を占めているため,上記42.2%という値は,症例数も多く,予後も格段に悪いⅣ期が生存率を引き下げている。本件ではⅢaの可能性もあったことを踏まえると,根治手術をしていれば,少なくとも平成30年4月時点での死亡は回避できた,と主張した。

また,損害については,印環細胞癌の場合には根治切除術が可能であっても,そのことは必ずしも治癒することを意味せず,その後の再発の可能性も十分想定される。そのため,本件過失がなければ従前通りの就労によって収入を得ることができた蓋然性が高いとまではいえないことから,死亡慰謝料に相当する3000万円の支払いをもって本件を解決することを提案した。

6 2800万円で示談成立。

7 コメント

本件では最終的に画像鑑定書の作成を4名の医師に対して依頼した。

当初は平成26年1月時点でS状結腸癌の病変を指摘できるとの鑑定書を元に過失を構成したが,これに対する相手方代理人からの反論を踏まえ,平成29年1月当時の救命可能性について意見を求めるべく,改めて3名の医師に対し鑑定書の作成を依頼した。

その結果上記5記載の鑑定結果が得ら,またこれを補足する多数の症例を分析した報告もあったことで,一般的には予後不良と言われている印環細胞癌であってもⅢa期の救命率はさほど悪くない値であるということを示すことができた。

合計4名の医師に鑑定書の作成を求めることは,依頼者の負担を考えると一般的ではない。しかし本件は依頼者の被害感情が強く,死亡という結果も重大であったことから,追加鑑定を実施したという経緯がある。また,損害を死亡慰謝料に限定したことも,無事和解を成立させることができた要因と考える。