介護老人施設でデイサービスを受けていた高齢女性が、同施設内の便所で転倒受傷した事故につき、施設職員の歩行介護に過失があるとして施設経営法人の損害賠償責任が認められた事例(一部認容 認容額1253万0719円 確定)
<当事者>
当事者Xは、事故当時85歳の女性。「本件施設」は、Y市の地域ケアプラザのひとつであって、社会福祉法人であるY協会がY市から委託を受けて運営管理する施設。Xは、平成12年2月から本件施設において、週に1回の通所介護サービスの利用を開始。平成14年7月18日、Xは要介護2の認定を受ける。介護認定のために作成された主治医による意見書には、「筋力が落ちているため、転倒に注意を!」との記載。認定調査票には「両下肢に麻痺があり、加齢による筋力低下で歩行が不安定である」、「両足での立位歩行は、支えがないとふらついてできず、杖が必要である。室内歩行時も杖を使用している。」との記載があった。
<事故の概要>
平成14年7月1日(事故当日)Xは通所介護サービスを受けて帰宅するため、本件施設内で送迎車の到着を待っていた。送迎車に乗る前に、トイレに行くことを思いたってXが立ち上がったところ、これに気づいた介護担当職員Aは「ご一緒しましょう」とXに声をかける。Xは「ひとりで大丈夫」と答えたが、Aは「とりあえずトイレまでご一緒しましょう」と言ってトイレの入り口までの数メートルを歩行介助。トイレ入り口まで到達したところ、Xは本件トイレの中に入っていった。Xはこのとき、Aに対して「自分一人で大丈夫だから」といって、内側から本件トイレの戸を完全に閉めた。Aは「どうしようかな」等と迷ったが、トイレから出てきたときに歩行介助を行おうと思い、その場を離れる。一方、Xは本件トイレ内を便器に向かって右手で杖をつきながら歩き始めた。しかし、2、3歩歩いたところで突然杖がすべったことにより、横様に転倒し、右足の付け根付近を強く床に打ち付けた。診断名は右大腿骨頸部内側骨折。平成15年1月24日、X要介護4の認定を受ける。
<裁判所の判断>
① 安全配慮義務違反
Y協会としては、通所介護契約上、介護サービスの提供を受ける者の心身の状態を的確に把握し、施設利用に伴う転倒等の事故を防止する安全配慮義務を負うというべきである。Xはその当時転倒したことがあり、転倒して左大腿部を骨折したこともあった。下肢の状態も悪く、歩行が不安定であった。主治医の意見書「介護に当たっては歩行時の転倒には注意すべき」とされており、Xは、本件事故当時、杖をついての歩行が可能であったとはいえ、転倒する危険が極めて高い状態であり、本件施設の職員はそれを認識しあるいは認識しうべきであった。従ってY協会は、通所介護契約上の安全配慮義務として、送迎時やXが本件施設内にいる間、Xが転倒することを防止するため、Xの歩行時において、安全の確保がされている場合等特段の事情のない限り、常に歩行介護をする義務を負っていた。
本件トイレの構造(入り口から便器までの距離、横幅、手すりがない)からすると、Ⅹが本件トイレの入り口から便器まで杖を使って歩行する場合、転倒する危険があることは十分予想しうるところであり、また、転倒した場合にはXの年齢や健康状態から大きな結果が生じることも予想しうる。
そうであれば、Aとしては、Xが拒絶したからといって直ちにXを一人で歩かせるのではなく、Xを説得して、Xが便器まで歩くのを介護する義務があったというべきであり、これをすることなくXを一人で歩かせたことについては、安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。
② 過失相殺
介助を拒否したXの過失割合は3割。
<考察>
① 意思能力に問題のない要介護者による介添拒否の場合、介護義務を免れるか
「介護拒絶が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合と、その危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ、介護義務を免れることにはならないというべきである。」→専門職としての高度な注意義務
② 過失相殺
高齢者においては、自己が介助を必要としている状態にあることを認識しておりながら助力をもとめなかった場合には過失相殺がされる。
本件以外にも
ア 東京高判平成15年9月29日 判時1843号69頁
患者が付き添いを断ったことから8割の過失相殺。
イ 東京地判平成13年12月27日 判時1798号94頁
著しく歩行能力が劣り、介助をうけなければ安全に通過できない可能性があることを認識しながら漫然と一人で通行を開始した点につき原告にも過失があったとして7割を過失相殺。
- 坂野法律事務所|仙台|弁護士| > 介護事故判例分析 > 介護事故の判例 横浜地裁平成17年3月22日判決