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医療事故事件論考

司法解剖と医療過誤訴訟

司法解剖と医療過誤訴訟

弁護士 坂 野 智 憲
1 医療事故で業務上過失致死が疑われる場合には、捜査機関は鑑定処分許可状をとって遺体の司法解剖を行います。通常は大学病院で解剖が行われ、解剖所見は鑑定書として捜査機関に提出されます。現在私が裁判を行っているケースは県北の公立病院で胸腔穿刺をした際に動脈を3カ所損傷し出血多量で死亡した事案です。被告は死因は出血多量ではない、動脈損傷の態様も異なるとして争っています。そこで裁判所に解剖所見の送付嘱託(大学病院から提出された解剖所見の鑑定書の写しを裁判所に送ること)を申し立て、裁判所はこれを認めて古川警察署に送付嘱託をしました。ところが古川警察署は捜査中を理由にこれを拒否しました。
警察は従来も捜査終了まで司法解剖の鑑定書は遺族にも開示しません。検察庁も同じです。起訴あるいは不起訴になれば現在は一定の手続きで見ることができるのですが、捜査中は一切開示しないというのが捜査機関のかたくなな対応です。
2 ところが交通事故事案で作成される実況見分調書(事故状況を検証したもの)については捜査中であっても弁護士照会や裁判所の送付嘱託に応じています。両者とも客観的な証拠であり、他に代替性がなくまた開示しても証拠隠滅のおそれなどない点で共通しています。ですから実況見分調書は開示するが剖検所見は開示しないというのは全くおかしな話です。まして裁判所が必要と認めて送付を嘱託しているのにそれを拒絶するのは全く不合理です。別に県警には特別な考えがあって送付に応じないのではなく、何も考えずに単に前例通りにしているだけです。
このような対応は被害者救済を警察が妨害するもので、被害者救済の理念にも全く反しています。警察では犯罪被害者支援窓口を作っているようですが被害者救済の必要性についてどのように考えているのでしょうか。
3 警察は交通事故やその他の事故事案でも解剖所見については同様な対応をしています。ただ交通事故のような場合は捜査が長期に渡ることはないのでそれでも実害はないのです。既に述べて様に起訴あるいは不起訴になれば見ることができるので。ところが医療過誤の場合には捜査機関は捜査と称して実に長期間に渡って棚晒しするのです。その上で公訴時効直前に不起訴ですませるのが通例です。医療過誤の刑事事件は警察にとっても非常にやっかいなものですから、そのような扱いをしたくなる気持ちは分かりますが、本件では遺族は告訴も被害届も出していません。別に立件してくれなくとも構わないし、さっさと検察庁に書類送検して不起訴にしてくれても全く構わないのです。
ところがこのように棚晒しにされると、遺族はいつまでたっても剖検所見を入手できないし、被告が死因を争った場合には剖検所見以外に立証資料はありませんので大変な迷惑を被ります。死亡診断書とカルテでの立証で勝てるとは限りません。
4 このように古川警察署が裁判所の送付嘱託に応じないので、裁判所に文書提出命令を申し立てました。すると今度は古川警察署から鑑定書の謄本が送られてきました。文書提出命令の申立があると、裁判所は命令を出す前に、文書所持者に対する審尋を行わなければなりません。おそらく裁判所がその手続きをとったので、これ以上面倒なことにならないように警察は送付に応じたのだと思います。
鑑定書の内容は予想通り原告の主張を裏付けるものでした。しかし提訴して文書提出命令の申立までしなければ重要な証拠を入手できないのでは被害者救済に欠けると言わざるを得ません。遺族への開示や、弁護士照会に対する回答で提出するような運用改善がはかられるべきだと思います。ともあれ文書送付嘱託で提出されるという前例を作れたことは大きな意味があったと思います。
5 ちなみに過去の判例で大学に残っている司法解剖の鑑定書の控えは文書提出命令の対象となるというものがあり、今回は警察だけではなく、解剖を行った大学にも手元の控えについて文書提出命令の申立を行いました。大学から警察に苦情がいったので仕方なく警察が出してきたのかもしれません。