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医療過誤解決事例報告

絞扼性イレウスの診断ミスで死亡した事案

仙台地方裁判所平成20年(ワ)第848号損害賠償請求事件
平成22年5月24日判決  
2092万1136円の支払いを命じる
原告
被告 民間総合病院

第1 診療経過
 1 既往
   患者は、精神発達遅滞があり、会話は不可能であった。
   呑気症によりA小児科、B病院で治療を受けていた。
   またC病院で向精神薬の投与を受けていた。
 2 平成19年6月12日(以下年は省略)
   患者は、昼頃から具合が悪そうで食欲もなかった。
17時 20分
通所施設から帰ってきた時、苦しそうな表情で、腹部左側を押さえ、前屈みとなりえび状の姿勢で送迎の車から降りてきた。車中で嘔吐したとのこと。その後も吐き気が続き、腹部左側が痛そうであった。
18時30分
持病の呑気症かと考え浣腸施行。多量の便は出たが、ガスは出なかった。
19時25分
帰宅後症状が改善されないため被告病院を受診。
 医師Dの診察時に嘔吐あり。腹部左側を押さえている。採血。ブスコパン1A入りのラクテック点滴投与。ドルミカム(=ミダゾラム、鎮静薬)1A(10㎎)中2ミリリットル静注。
 腹部レントゲン(臥位)と胸腹部エコー検査施行。レントゲン上結腸にガスが多い。腹部エコーで左腎hyaro(-)。
白血球数15400。
 担当医師は、「白血球は高いが、その他は異常ないので呑気症のためと思われる、水分補給の点滴が終わったら帰っても良い」と告げた。
 点滴により一時的に体動治まり帰宅。
 帰宅後再び腹痛、嘔吐、吐き気持続。
 3 6月13日
0時10分
再び被告病院受診。待合室で嘔吐。
  <カルテの記載>
Er?(Erbrechen 嘔吐?)Adr? #腹痛症
観察 DIVで
日中不穏、しかし(判読不能?)はなさそう
Vomi? (Vomitting 嘔吐)あり
     ↓しっかり抑制してN-Gtubeでフォロー
体動激しくX線、CTetc の検査は難しい。
セルシン、セレネースでもじっとしていられない。
この状態でもう少し様子をみる。
腹部flat(平低) 少なくともdefence(筋性防御)はない。
0時32分
セルシン(抗精神病薬)1A+生食DIV、セレネース(抗不安薬)1A+生食DIV投与。
プリンペラン(吐き気止め)1A投与。
1時00分
  ソセゴン(鎮痛薬)15㎎投与。
  <看護記録の記載>
 腹痛及び不穏状態続くための経過観察のために入院。腹部症状なし、BP119/95  KT36.4℃
腹満なし、グル音聴取可、嘔気症状なし、元来精神遅滞のため会話困難
  1時20分
    体動活発、徐々に起き上がり動作頻発。E医師により体幹ベルト、両上肢、両下肢リムホルダーで抑制。
7時00分
  トイレへ歩行、前傾姿勢。母親より「腹痛あるせいかこんな歩き方をしている。いつもはもっとしっかり歩きます」
7時10分
  点滴ライン抜去。
8時00分
  点滴ライン抜去
  14時00分
体動活発。体幹抑制、両上肢リムホルダーで拘束するもなお起き上がり動作あり。興奮状態になり咳嗽あり、嘔吐(黄緑色の物)。E医師指示にて、セルシン10mg投与するも、体動変わらず、セデーション効果なし。
  14時19分
    胸部レントゲン写真(臥位)。
15時30分
E医師診察。嘔吐あり、体動活発。
セレネース1A投与。NGチューブ(胃管)16Fr55cm挿入し固定開放。
  16時00分
    発汗多量にあり、体動活発。
    セルシン10㎎、セレネース5㎎投与。
  20時00分
腹痛なし。KT37.3℃、体動安静なるも時折起き上がり動作、腹満軽度、グル音減弱、NGより淡茶色の排液少々、嘔気症状見られるが追嘔吐なく、圧痛みられず。
  22時40分
体動活発。母親からのナースコールあり、必死に起き上がろうとしており発汗多い。千田医師の指示でセルシン1A投与
  23時30分
    体動やや安静になるもうなり声を上げている。発汗あり。
 4 6月14日
3時00分
    母親よりコール、呼吸停止、頸動脈も触知出来ず。この後、心マッサージ、挿管、レスピレーターなどの救急救命処置がなされたが、心拍は一過性に測定できたものの血圧とOSstは全く測定出来なかった。すなわち蘇生術開始の時点で患者は脳死状態であり、そのために治療には全く反応せず間もなく心停止をきたした。
  4時57分
    死亡。
 5 病理診断
   腸管軸捻転による広範な虚血性腸管壊死とそれに起因したショック。腸捻転の原因となるような総腸間膜症やその他の腸間膜の異常、腸管の奇形、走行異常、腸腫瘍や高度の癒着、そして腹腔内神経叢の異常はみられなかった。
   通常の腸捻転はS字状結腸に発症しやすいが患者の場合、それよりさらに口側(上位)の横行結腸のほぼ中央部に発症した。横行結腸の右半分より口側の結腸、小腸、十二指腸に広範な出血性壊死があり、組織学的には粘膜固有層の出血、上皮の脱落、腺管の崩壊が顕著で粘膜下層の静脈は高度にうっ血し、怒張していた。
第2 過失
 1 イレウス
   イレウスとは、種々の原因によって腸内容の腸管内通過障害を言う。その三大主徴は腹痛、嘔吐、ガス排便の停止である。イレウスには2型があり、一つは機能的イレウスがあり、これは器質的な閉塞はないが蠕動運動の機能異常により通過障害を生ずるものである。これには麻痺性と痙性のイレウスがあり、イレウスチューブなどで治療ができる。
   機械的イレウスは腸管に器質的な閉塞を起こすもので、これはさらに腸管に血行障害をおこす絞扼性(複雑性)イレウスと血行障害をおこさない閉塞性(単純性)イレウスとに分けられる。絞扼性イレウスとしては腸捻転や腸重積があり、本症例は手術によって腸捻転であることが診断されている。
   診断は腹部膨満、立位腹部単純X線写真で腸内ガス異常とニボー(鏡面像)の確認で行われる。イレウスが発症すると腸管拡張に併い、体液や電解質の喪失腸管内毒性物質の吸収によりショック状態に移行するので、速やかな治療が必要である。とくに絞扼性イレウスは血行障害をおこした腸壁が穿孔して腹膜炎になるので早急に開腹による治療が必要である。
 2 12日の初診時にイレウスを疑わず鑑別診断を怠った過失
   病院は患者のイレウスを持病の呑気症と診断した。患者はこれまでに呑気症(空気嚥下症)として治療を受けたことがあった。呑気症は自ら空気を呑み込むことを繰り返すことで発症するもので、その症状はげっぷ、おくび、しゃっくり、腹部膨満感、放屁が主なものであって、腹痛、嘔吐、排ガス停止を伴うことはない。
   患者は12日昼から具合が悪く、帰宅した時には腹痛のため身体をえびのように曲げていて、嘔吐があった。病院が患者を呑気症と診断したのに対して母親はいつもの呑気症の症状とは異なることに気づいて病院に告げているのに病院はこれを無視した。病院受診前に浣腸によって排便はあったが排ガスはなく、その後も排ガスはなかった。このように患者には腹痛、嘔吐、排ガス停止のイレウスの三徴が揃っているのでイレウスを念頭において鑑別診断を行うべきであったのにこれを怠った過失がある。
 3 12日の再診時に立位での腹部X線撮影を行わなかった過失
   12日の腹部X線写真は臥位単純で撮影された。腹部X線写真は急性腹症を念頭におくならば立位単純撮影が必要である。イレウスでは鏡面像(ニボー像、腸内異常ガス像)の有無によって鑑別診断されるところ、臥位ではこの鏡面像を確認することが不可能だからである。
   患者は腹痛や意思疎通の問題から立位をとらせることが容易でなかったとしても、その体格は165㎝、50㎏と小柄であり介助によって立位で撮影することは十分可能であった。急性腹症の鑑別診断のためには腹部立位単純写真は必須であり、数名で介助してでも立位写真を撮影すべきであったのにこれを怠った過失がある。
 4 13日にも立位での腹部X線撮影を行わなかった過失
   13日には患者の咳嗽に関連してか胸部臥位正面単純写真が撮影された。この時は入院後であるのでドルミカムなどの強力な鎮痛剤を投与した上で、人手を集めて英寛の腹部立位単純写真の撮影を試みるべきであった。この胸部写真では、胸部に異常陰影は認めないが、同時に撮影されている上腹部では前日にはなかった右季助部にも大きな腸内ガス貯留像が写っており、イレウスがさらに進行していることが示されている。
   イレウスの経過中にごくまれに腹部立位単純写真でもニボー像の欠如することもあるといわれているが、患者の場合13日には入院しており、腹痛・嘔吐・排ガス停止のイレウスの三徴がそろっており、14時の状態は、「体動活発、体幹抑制、両上肢リムホルダーで拘束するもなお起き上がり動作あり、興奮状態になり咳嗽あり、嘔吐(黄緑色の物)。千田医師指示にて、セルシン10mg投与するも、体動変わらず、セデーション効果なし。」という状態なのであるから何としても立位写真を撮影すべきであり、病院にはこれを行わなかった過失がある。
 5 腹部CT撮影を行わなかった過失
   仮に立位による腹部単純写真の撮影が全く不可能であったとしても、腹部CT撮影は可能でありこれを行うべきであった。腹部CTは臥位でおこなうもので、高速CTの撮影時間は5~6秒しかかからないので、このような短時間なら薬物による鎮静や拘束によって容易に撮影可能である。
   被告病院には腹部CT撮影を行わなかった過失がある。
 6 初診時以降超音波検査を行わなかった過失
   仮に立位での腹部レントゲン撮影、腹部CT撮影が不可能であったとしても、腹部エコー検査は可能である。しかるに被告病院は、12日19時25分頃に腹部エコー検査を行ったが、その後イレウスを疑わせる症状が持続しているにもかかわらず、経時的な腹部エコー検査行っていない。
   症状の持続及び後日の剖検所見からして、13日午後の時点で腹部超音波エコー検査が行われていれば、イレウスであること、そしてそれが絞扼性イレウスであることを診断し得た。
 7 体動著明を不穏状態と誤診した過失
   患者は知的障害のために元々会話することが不可能で言葉で腹痛を訴えることは不可能であった。しかしながら乳幼児の場合にもそれは同じであり体動や嘔吐などの所見から痛みの存否を判断しうるものである。
   精神発育遅滞とうつ病、パニック障害、統合失調症等の精神疾患とは別であって、英寛には精神疾患による不穏状態の既往はない。
   絞扼性イレウスの場合には腹痛による激しい体動が見られ、それも頻回の嘔吐を伴う。本件では、6月13日0時10分のカルテに「体動激しくX線、CTetcの検査は難しい。セルシン、セレネースでもじっとしていられない。」と記載されており、抗不安薬や抗精神薬の投与によっても全く体動が治まらないことを担当医師は認識している。それは正に腹部の激痛によるものと判断すべきであるのに、不穏状態の持続と誤診して、イレウスの鑑別に必要な上記諸検査を怠った過失がある。
 8 経時的血液検査及び経時的バイタルサインの測定を怠った過失
   患者は外来診断時、絞扼性イレウスに特徴的な白血球増多(15400と著増)が見られた。そして呑気症によって白血球が著増することはない。
   従って病院としてはこのWBCの推移を検査しなければならなかったし、他の炎症所見を示す検査であるCRP値の測定などの末梢血検査、生化学検査を行うべき義務があったのにこれを怠っている。
   さらに、血圧は入院時に測定されたのみで、それ以外のバイタルサインも心肺停止発見時までの間には一切測定されていない。
   患者は剖検所見からして疑いもなく絞扼性イレウスによって胆汁性嘔吐に始まり、腸管壁の循環障害、消化管出血、ショックと進行していったのであり、その間経時的にバイタルサインを測定していればショックに陥る前にその徴候を発見することが可能だったのに全くそれを怠っている。
第3 因果関係
   絞扼性イレウスの場合は保存的治療は無効であり、放置すれば致命的となるので、直ちに外科的処置をとる必要がある。そして不可逆的なショック状態になる前であれば手術で救命することが可能とされている。
   患者は12日の初診時にイレウスの診断が可能であり、当然その後も上記検査さえ行っていれば診断は容易であった。
   そして13日23時30分の時点では体動もままならずプレショック状態に陥ったと考えられるが、22時40分の時点ではまだ活発に体動するだけの余力があった。病理所見にあるように腸捻転の直接の原因になるような腸間膜、腸管そして腹部神経叢には異常もなかったのであるから、それ時点までであれば緊急手術によって救命することは可能であった。
第4 損害     合計3689万4286円
 1 死亡慰謝料     2000万円
   独身者であるから2000万円が相当。
 2 近親者慰謝料     200万円
   父母それぞれ100万円が相当である。
 3 葬儀費用       150万円
   一般的に150万円を下ることはない。
 4 逸失利益      1039万4286円
   通所施設で稼働していたものであり、将来的な収入は確定できないが少なくとも賃金センサス男子労働者学歴計全年齢平均の20%程度は認められるべきである。
   生活費控除は50%
   死亡時19歳であるからライプニッツ係数は18,820
   5523000×18,820×0,2×0,5=10394286
 5 弁護士費用      300万円
   上記合計額の1割程度が相当である。

裁判所の判断
裁判所は、「被告医師は入院中遅くとも回診時において、患者に激しい持続的な腹痛、継続的な胆汁性の嘔吐、腸管ガスの貯留及び白血球数の増加という症状があることを認識することが可能であったし、そのように認識すべきであった。従って入院中遅くとも回診時において一般的にイレウスと疑うべきであったというべきである」、「絞扼性イレウスは早期に治療しなければ致命的になり直ちに緊急開腹手術が必要とされていることから、イレウスの治療においては絞扼性イレウスとの鑑別が迅速になされなければならない。従って疑われるイレウスが絞扼性イレウスであるか否かを鑑別診断すべき義務を負う」、「本件でもCT検査や超音波検査をすることによって絞扼性イレウスの所見を得ることが出来た可能性が高く、またこれらの検査は実施可能であった」、「以上から被告医師には患者の入院中遅くとも回診時において、イレウスを念頭に置いた鑑別診断及び治療を怠った過失がある」。「回診時から3時間程度の時間があれば緊急開腹手術を実施することが可能であると推認され、その時点では致命的なショック状態に陥っていたとは認められず、少なくとも手術によって救命することが可能であった高度の蓋然性を認めることができる」と判示して病院の責任を認めた。
但し裁判所は患者が精神発達遅滞で発語不能であったことから、被告医師が腹痛に関する正確な情報をえられなかったことが、本件損害の発生に一定の影響を与えていることを指摘して民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して損害額の30%を減額した。

コメント
本件では鑑定は行われず文献立証と医師の尋問だけで判決を得た。概ね妥当な判断と評価できる。入院後患者が苦痛でのたうち回っているにもかかわらず一度しか診察せずに帰宅してしまっていることも影響したようだ。イレウスはまだしゃべれない乳幼児にも珍しいことではないので、発語不能であったことで過失相殺の規定を類推適用するのが妥当かは疑問だが、割合的因果関係での減額もあり得たので具体的妥当性という観点からはやむを得ないか。