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医療過誤解決事例報告

 肝硬変患者に対する肝細胞癌の検査を懈怠し死亡した事案

仙台地裁平成20年(ワ)第1743号損害賠償請求事件
一審 一部勝訴
二審 控訴棄却
患者    女性 70歳代
医療機関 東北大学病院

<事案の概要>
1 患者は糖尿病で1968年以降、東北大学病院第三内科(糖尿病代謝科)に通院
2 2006年以前の診療経過の概要
1968年
第三内科で糖尿病の診断、食餌療法
1985年10月16日
経口糖尿病治療薬開始 グリミクロン40㎎ 両下肢に浮腫 ラシックス経口投与
1986年12月19日
トランスアミナーゼ上昇(GOT>GPT)
腹部エコー検査 慢性肝疾患 脂肪肝の疑い
1987年5月15日
肝機能障害 脂肪肝+α
1991年9月26日
血便、潜血反応(+) S字結腸ファイバー、大腸透視共に所見なし
1993年1月7日
下肢浮腫、第一内科紹介 心臓のためではない
同年3月8日
糖尿病代謝科入院
2000年1月7日
GOT52、GOT22、アルブミン(Alb) A/G 0.5 血糖147、HbAlc8.1
同年7月21日~7月27日
うっ血性心不全で第一内科入院  顔面、下肢に浮腫、体重45→51kg
CPK 210、LDH 745、胸部写真 心胸比拡大
同年7月27日~9月12日
第三内科入院 胃食道内視鏡(以下GTFという)で食道静脈瘤確認
肝機能値の推移から肝硬変と診断
肝硬変にしては血小板(plt)は減少していない。
同年11月13日
消化器内科にて食道静脈瘤をフォロー
2001年4月2日
心不全や高血圧に対してニトローダムTT、プロプレス、ニバミール
2004年1月2日
GTF施行 食道静脈瘤に変化なし
2004年5月27日
両下肢静脈瘤、それによる浮腫?腎症はなく、血清蛋白、Alb正常
2004年7月2日
GTF施行 食道静脈瘤に変化なし
2005年4月8日
2ヶ月半前から胸痛 循内へ
1)左室肥大、僧帽弁閉鎖不全 2)心室性期外収縮、肺高血圧症の疑い
2005年7月2日
GTF施行 食道静脈瘤不変
3 2006年以降の診療経過
2006年2月2日
呼吸困難と右下肺野の陰影のため感染症内科へ
同年2月6日
感染症内科
CT、ガリウムシンチ(以下Gaという)施行。間質性肺炎は進行していない
BNPは84と軽度上昇にとどまり
心不全が呼吸状態悪化に寄与している可能性は低い。
同年4月25日
左胸部痛があるため循環器内科へ。
高血圧性心疾患、左室肥大、心室性期外収縮、心エコー上収縮機能良好
左室肥大、拡張障害がある。BNPが高いので心不全ではない。
同年7月27日
GTFで食道静脈瘤憎悪傾向。
予防的内視鏡的硬化療法も患者の疾病を考えるとデメリットの方が多い。
経過観察、出血に対応。
同年8月8日
救急部を経て糖尿病代謝科に入院
同年8月9日
循環器内科の依頼で造影CT
肺動脈内に明らかな陰影欠損はない。
肝内に複数の低電位の構造あり、腫瘍性病変を疑う。
今回CTは肺塞栓および下肢深部静脈血栓の検査のためのもの
撮影タイミングが適切でないため再度の検査が必要
診断 多発性肝腫瘍、食道周囲の陰影
同年8月8日
2月6日撮影の単純CT上肝内に明らかな腫瘍性病変の指摘は困難
造影CTののち肝葉の頬部に発疹をみとめ、ソルテーコフ静注で治療
患者の症状を考えると、今後CTをふくめ検査するのはやめた方がよい。
腫瘍が多発性なので治療する意味はない。
治療中血栓が門脈静脈にとんで食道静脈瘤破裂の危険がある。
何もなければ予命はあと半年。
しかし患者にはいろいろな合併症があるのでもっと早いかも。
退院後は住診クリニックが良いのでは。
同年8月12日
発熱呼吸状態悪化
1)誤嚥性肺炎2)心不全3)多発性肝腫瘍4)肝硬変、食道静脈瘤
同年10月23日
死亡

<過失>
1 肝硬変の診断について
患者は1986年12月19日にトランスアミナーゼの上昇、腹部エコーで慢性肝疾患、脂肪肝+2と診断された。
2000年7月27日にはGTFで食道静脈瘤が発見され、これまでの肝機能推移と他に門脈圧亢進をおこす原因もないことから肝硬変と診断された。
この時もふくめて患者の肝炎ウィルスはいずれも陰性であり、血小板、ALBの変化も軽微であった。
2 肝硬変の原因
今日、肝硬変の原因としはウィルス感染が最も多く、ウィルス肝炎以外ではアルコール肝炎が原因となる。しかしnon-alcoholic steatohepatitis (NASH=非アルコール性脂肪肝炎)が肝硬変の原因になることも明らかである。
NASHは糖尿病をベースにしておこることがあり、患者は糖尿病であり、1986年12月19日にトランスアミナーゼノ上昇とエコーで脂肪肝が診断されている。従って患者の肝硬変はNASHが原因と考えられる。
3 肝硬変診断後の検査、治療方針
肝硬変は、肝細胞壊死とそれに置換するコラ-ゲンによって肝組織は硬化縮小してついには肝不全から肝性昏睡をおこす致命的疾患である。
また肝硬変患者は高率に肝細胞癌を発症する。
さらに肝硬変で食道静脈瘤を合併すると破裂による失血死の可能性があるので、内視鏡的予防措置や手術的処置が行われる。食道静脈瘤の治療は患者の年齢、合併症や肝硬変の進行度などを勘案して決定される。
かように肝硬変患者の死亡原因は、肝不全、肝細胞癌、食道静脈瘤である。従って、肝硬変と診断した担当医師としては、肝機能値を定期的に検査して肝不全の状態を把握する、食道静脈瘤に対しては定期的なGTFを行って破裂の危険性を把握し、腫瘍マーカー、エコー、CTによる肝癌チェックを定期的に行うこととされている。そして肝癌の早期発見を目的として腫瘍マーカーAFPを2ヶ月1度程度、エコーは3ヶ月に1度程度、腹部CTは6ヶ月に1度程度施行することが一般である。
4 検査義務違反
しかるに担当医師は2000年7月に肝硬変と診断しながら、その後肝機能値の検査及びGTFは行っているものの、肝癌発見を目的とする腫瘍マーカー、エコー、CT検査を全く行っていない。
本件では患者は、2006年2月6日胸腹部のCT検査とGa検査をうけたが、肝臓疾患の検索が目的でなかったことから肝の画像が少なく、かつ造影剤を使用しない単純CTだったため肝腫瘍は診断出来なかった。従ってこの時のCTで肝腫瘍が発見されなかったとしても、決してこの時点で肝腫瘍が存在しなかったことを意味するものではない。またGa検査は肝腫瘍の発見率が低い。
患者は、2006年8月9日 循環器内科の胸部特に肺循環を目的とした造影剤によるCTで肝臓に多発性腫瘍と食道周囲の軟部組織が診断された。しかしこれも肝細胞癌のチェックのために行われたものではなく、胸部を目的としたCTで偶然に診断されたものである。
エコーは患者に何の侵襲をあたえることなく手軽に施行出来て、肝腫瘍の診断に極めて有力な検査であるのに、1989年12月のエコー以後全く記録がない。
腫瘍マーカーによるフォローもなされていない。
つまり被告病院医師は患者の肝硬変について、肝癌発見のための検査を長期間全く行わなかった過失がある。

<因果関係>
1 肝癌発見時の状態
2006年8月9日のCTも胸部とくに心臓と肺動脈を目的としたものであるが肝臓も撮像出来ていた。肝内には数え切れないくらいの低電位のスポットがあり、これは多発性の肝腫瘍と容易に診断された。
しかし病院はさらなる検査と積極的な治療をおこなわなかった。
2 患者の肝癌はいつ発生したか
患者の肝硬変と診断したのち病院は腫瘍マーカーやエコー、CTなどの画像診断をおこなっていないので正確に発症時期を特定することが出来ない。
2006年2月6日のCT、Gaで腫瘍は判別できないがこのCTは
1)造影剤を使用しない単純CTであった。
2)肺梗塞や肺塞栓などの診断のために胸部を撮像するためのものであったので腹部とくに肝臓の撮像が少ない。
3) 1)2)のため肝臓の診断が充分にできなかった。
4)またGaでは小さな肝腫瘍の発見は困難である。したがってこのCT、Gaに所見がないからといってこの時点で肝腫瘍がなかったとはいえない。
本件では2006年2月6日の時点で既に肝癌が発生していた可能性は高い。なぜなら2006年2月時点で患者に肝癌がなかったとしたら、僅か6ヶ月以内に上記のような治療不可能なほどの多発性肝癌が発症したことになるが、そのような極めて急激な発症、進行は極めて希である。2006年2月6日の時点で肝癌の早期発見を目的とした造影CTを行っていれば発見できた高度の蓋然性ないし相当程度の可能性があると考えられる。
3 救命可能性
肝硬変の予後は食道静脈瘤破裂の回避、肝不全発症の遅延化、肝癌の早期発見によって規定されるとされている。そして肝硬変自体は不可逆的な病態でそれ自体の根治的治療方法は存在しない。従って肝硬変患者の場合は、食道静脈瘤の定期的フォロー、肝機能値のフォロー、肝癌の早期発見を目的とする検査がその治療の内容となる。そして本件では食道静脈瘤の定期的フォローはなされており破裂の危険性がある状態ではない。また肝機能値からして肝不全発症の危険性も低い。肝癌の早期発見を目的とする定期的検査が行われていれば長期生存を期待しうるケースである。
通常行われる肝癌の早期発見のための検査が定期的に行われていればより早期の段階(塞栓療法、外科的摘出術が可能な段階)で発見できた可能性は高い。それだからこそ一般に上記のような間隔で定期的な検査が行われるべきとされているわけである。本件患者は肝硬変とはいっても肝癌発症まではpltの低下は認められておらずまた肝機能値の異常も軽度であった。従って肝機能は十分保たれていたのであるから早期に肝癌が発見されて適切な治療がなされていればこの時点での死亡を避け得た高度の蓋然性があったと考えられる。
4 仮に救命しうる高度の蓋然性までは認められないとしても、少なくとも救命の相当程度の可能性は認められる。

<争点>
1 肝硬変患者に対する肝細胞癌早期発見のための検査義務
2 検査義務を尽くしていれば2006年2月頃に肝細胞癌を発見できたか
3 発見できたとして死亡を避け得た高度の蓋然性はあったか
4 高度の蓋然性はないとして相当程度の可能性はあったか
5 損害額
<裁判所の判断>
1 一審
肝硬変患者に対する肝細胞癌早期発見のための検査義務違反は認めた。しかし「GOT、GPTの数値が18年6月以降急激に上昇したこと、食道静脈瘤が18年7月27日の時点で増悪傾向に転じたこと、18年2月6日のLDHが正常なこと、患者の肝細胞癌が腫瘍倍加時間の統計の範囲内に収まらない可能性があること、肝細胞癌は同時多発的に発生する可能性があること」を指摘して、検査義務を尽くしていたとしても2006年2月頃に肝細胞癌を発見できたかは不明と認定。この点が不明なので因果関係は不明とし死亡を避け得た相当程度の可能性も否定。結論として適切な治療を受ける期待権を侵害したものとして100万円を認容した。
2 二審
検査義務違反は一審同様認定。2006年2月頃に発見できたかについては、超音波検査の検出能から発見できたと断定はできないとして否定。よって死亡を避け得た高度の蓋然性は認められないが、相当程度の可能性は肯定。損害額については単に一切の事情を考慮しとしか理由を述べずに慰謝料100万円とした。
<コメント>
 鑑定、私的鑑定を行わず、文献立証だけで過失が認められた。一審では因果関係、死亡を避け得た相当程度の可能性も認めず、期待権侵害だけを認めて100万円の賠償を命じた。控訴審では死亡を避け得た相当程度の可能性が認められたものの慰謝料の金額は変わらなかった。裁判所は相当程度の可能性を侵害された利益と適切な診療を受ける期待権を同視しているのだろうか。既に肝硬変を発症し糖尿病などの合併症が存在していたことを重視したのかもしれないが、100万円は低額に過ぎる。死亡を避け得た相当程度の可能性を独自の法益と位置づけた最高裁判例に抵触する判断なので上告及び上告受理申立を行った。